第56話 魔王 父親になる
ムックは伝言してくれた様だ。
「グルナは神界で何してるんだ?」
「ご主人様は神界で子作りしてるよー」
「「「はあっ!?」」」
若干アレンジした伝言ではあったが……。
戻った時、王妃達が不機嫌だったのは言うまでもない。
翌日、意識が戻った俺は何とか動けるぐらいまで回復した。
”種”を1つ作ってみて分かった事は、冗談抜きに死ぬ可能性がある事だ。
温泉に浸かり、魔力を補給しながら行いたいが溺死するかも知れない……
それは嫌だったので足湯とかも考えたが、魔界に戻った俺は、結局自室に引きこもるのであった。
「決して覗いてはなりませぬ……」
「「…………」」
結界を張る魔力が惜しいので、内側から鍵を掛けている。
部屋の外には、王妃達の気配。
ウロウロしている様だ。
魔力回復用にホタル草の光る部分を用意し、種の作成に入る。
掌の上に現れる魔力の結晶……それを安定させ質量を持った物質の状態になるまで魔力を込め続ける。
眩い光を発する結晶……見ていると何度となく意識が持って行かれそうになる。見ない方がいいかも知れない。
みるみる魔力が消費されていくのが分かる……目を閉じ、自分自身を創り出すイメージを描くのだ。
作り終えた瞬間、ホタル草を飲み込んだが意味は無かった様だ。
俺は、またしても意識を失ってしまったのだ。
気がつくと日付が変わっていた。
王妃達は魔力を俺に分けながら、部屋で起きるのを待っていた様だ。
どうやって入って来たのだろうか……
見ると扉は粉々に破壊されていた。
「だんな様の魔力がどんどん小さくなって消えてしまったので……」
「私達は旦那様が心配だったの!!」
「…………」
扉の修理を依頼し、王妃達に”種”について説明する。
「という事だ。これを食べると身篭るらしい」
「「…………」」
(ホントかなぁ……)
その飴玉の様な魔力の結晶を受け取り、不思議そうに眺める王妃達。
まず口に含んだのはリリアだった。
”無味?”
見た目はキレイな飴玉の様で、美味しそうだが味は無かった。
しかし、飲み込んだ瞬間に異変は起こった。
(く…苦しい!!)
溶け出した”種”は、魔王が創り出した魔力の結晶。
魔王そのものと言っても過言ではない。
それが、リリアの体内で解放されたのだ。
(これが…だんな様の魔力!?)
その膨大な魔力は、リリアの理解を遥かに超えていた。
自身の数百倍どころではない。
その魔力に、魔王の固有能力も混ざっているので尚更だ。苦しくなるのは当たり前だろう。
しかし、その苦しみは一瞬だった。
苦しみから解放されると、今度は、お腹が温かくなって来たのだ。
(温かい……//)
アリスも驚いていた。
(旦那様の魔力と”雷霆”……これ程とは!!)
アリスが混乱する程の”未知の力”……
最終的に、アリスもお腹が温かくなる感覚を感じていた。
魔界の王妃、念願の御懐妊である。
子供が産まれるまでの期間は謎だ。
大仕事を終えた俺は、すぐにコルトの元に向かい指示を仰いだ。
妊婦さん用の献立について、根掘り葉掘り聞き出したのだ。
…………………………………
王妃達の護衛を充実させなくてはならない。
魔界にだけ居る訳にもいかないので、最強部隊を編成し留守中も安心の体制を作りたい。
「グルナ、デアシアを付けたらどうだ?」
デアシアは長距離射撃も得意だが、近距離銃撃戦の能力が大きく伸びていた。
腰には2丁の大型拳銃を装備している……
まさかのダブルガンナーへと成長していたのだ。
「グルナ様、お任せ下さい」
跪き、俺を見つめる鋭い眼光は軍人そのもの。
デアシアは、率いている部隊の中で数名を選抜し城周辺に展開させるらしい。
王妃達の行動範囲である城下町全域をカバーする狙撃部隊だ。
それと幹部から選抜したのは、スキアという悪魔だ。
酒造りの為に派遣してもらったオーガ族の甚内は、暗殺スキルを持っている。
その甚内が、暇な時に稽古を付けていた悪魔なのだ。
普段、殆ど姿を見せることの無いスキアは、ありとあらゆる方法で対象を暗殺する”死神”という固有スキルを持っている対少数特化型。
その2人の指揮権はベレトに与えてある。
そのベレトだが、かなり成長した。
元々、剣術に優れていたが、俺との修行の中で固有スキル”魔兵召喚”の強化と、新たに”刈り取る者”に目覚めた。
固有スキルの載った斬撃は、触れた物を消滅させる効果があるのだ。
格上には微妙だが、同格相手には当たった瞬間勝負が終わる必殺のスキルとなる。
「ベレト、頼むぞ」
「お任せ下さい!」
こうして、護衛を編成し日中は街の開発を進め、15時迄には城に戻り、王妃達の夕食の支度をする生活を始めた。
地上世界では、ディーテの代わりに公務に出席したりと忙しく過ごしていたのである。
…………………………………
そんな生活が1年近く続いていた。
そんなある日。
噂が流れ始める。
”そろそろ産まれるらしい”
地上世界は勿論、魔界でも国民は、王子、王女の誕生を心待ちにしていた。
そろそろ産まれそう!というディーテの連絡を受けて俺は地上世界に居た。
ソワソワしていた。男とは何と無力なのだろうか……
妻が苦しんでいる時に、祈る事しか出来ないなんて……
だが、遂に父親になるのだ。
今は無力だが、産まれたら育メン力を存分に発揮してやる!
「グルナ!産まれたぞ!!」
部屋からアルトミアが大急ぎで出て来た。
取り上げてくれたのは、義姉のアルトミアなのだ。
ディーテに抱かれる小さい命……黒い髪に銀髪が混ざっている。
(か、かわいい……)
「グルナ、男の子だ。私達の愛の結晶だぞ?//」
「ディーテ、よく頑張ったな!守るべき家族が増えて嬉しいよ。この子はラクレスと名付けよう!」
その日から1ヶ月間、森の国では生誕の宴が行われた。
一方、魔界では。
地上世界での生誕の宴が終わり、俺は魔界で過ごしていた。
ある日の夜、2人の王妃は奇しくも同時に産気づいてしまう。
「俺どうしたらいい!?」
「大丈夫、手を握ってて」
どうしたらいいか分からない俺に、2人の王妃は、ただ傍に居るように言うのだ。
1人でも大変なのに2人だ。そう慌てふためく俺は、逆に落ち着かされてしまった。
そして、産まれたのは”卵”だった。
(…え…卵?)
産まれた卵は罅割れ、中から赤ちゃんが出て来たのだ。
俺は、急いでおくるみに包んだ。
王妃に抱かれる小さな命……
感動の瞬間に2度も立ち会えるとは……
産まれたのは、男の子と女の子だった。
何とも可愛らしい……
(2人とも銀髪混ざってる…かわいい……)
「アリス、リリア。ありがとう
絶対に守り抜くよ」
男の子は”オリオン”
女の子は”クロエ”
と名付けた。
魔界でも生誕の宴が催され、国中が祝賀ムードだ。
俺は、地上世界と魔界を行き来する忙しい生活を送るのだが、とても幸せだった。
だが、残念ながら永遠に続くはずだった幸せは、ある日壊されてしまうのだ
魔王の幸せをぶち壊す存在とは一体……