第44話 心の声
俺は公園で待っていた。
ちゃんと来てくれるだろうか……
まだ冷たい夜風は、俺の不安を煽る。
閉店時間が過ぎ、彼女は来てくれた。
俯き、ゆっくりと歩いて来る姿からは、その胸中が滲み出ていた。
戸惑い、不安、将又恐怖だろうか……
無理もない……互いの事もよく知らないのに手を出す様な男と2人きりになるのだ。
今、こうして此処に来てくれただけで奇跡だ。
そう思った。
1つのベンチに少し離れて座る彼女に、俺は謝り、全て話した。
どういう状況で転生したか、その時婚約者が居た事、その婚約者の人柄、あの夜の事、そして彼女が店を辞めてしまってからの心境。
ただ、彼女は黙って聞くのみだった。
取り方によっては、自分が婚約者に似てたから酔った勢いで……と思われてもおかしくない。
長い沈黙が流れ、彼女は徐ろに立ち上がると俺に謝った。
何故、彼女が謝るのか理解出来ない俺に、彼女は言うのだ。
”私は貴方を騙している。本当の姿を見て欲しい”
そう言うと、徐々に彼女の身体は変化し、それが終わると彼女は話し始めた。
しかし、その話の内容は……正直どうでもよかった。
沈黙の後に、彼女の発した言葉……意識の最深から零れた言葉に
俺は……俺の心は……真実を見た。
………………………………………
店が終わり、私は公園で待つ彼の元へ急いだ。
だが、公園に近付く毎に身体は重くなり、視界は霧に包まれ始めた。
何故なら、私の心は……まだ答えを見付けられていなかったから。
公園に着くと、ベンチに座る彼が目に入った。
夜の冷たい風が吹く中、どれほど私を待っていたのだろうか。
私は、彼の座るベンチに座った。
彼は、あの夜の事を謝り、話し始めた。
魔王様から、彼が同じ世界からの転生者であるとは聞いていた。
しかし、婚約者の事や、その人が私に似ている事等聞いている訳もなく……
本当の姿を晒そうとしていた私の心に急ブレーキを掛けた。
夜の姿。
その姿は、私の偽りの姿。
動かす事の出来ない事実……本来の姿は、その婚約者とは掛け離れ過ぎているのだ。
今、本来の姿に戻ったら、どうなってしまうのだろうか……
だが私の心は、本当の姿を晒す決意を固める。
私は感謝していたから……
あの日、私は女になった。
彼がくれた、一握りの些細な感情。
それは”恋心”
私に欠けていた感情の中で、心が欲して止まない感情。
それを教えてくれただけで……
私は、十分だと思えた。
たまに城に訪れる貴方の横顔を、遠目から眺めるだけで、それだけでいいと思ったから店に出たのだ。
でもまさか、こんなに早く貴方と再開するなんて思ってなくて……少し心が乱れただけ。
私は、本当の姿を彼に見せた。
男か女かも分からない中性的な幼い本来の姿。
怖かった。
でも、もうこうするしかなかった。
私の心は、これで解放されるんだ。
その姿を見て驚く訳でもなく、がっかりする訳でもなく、ただ黙る彼に私は謝った。
何故、2回目に1人で店を訪れた時に言わなかったのか……
あの時の話は何だったのか……
問い詰められると思っていた。
どうすればいいのか分からない。
ただ、私は囚われた心の事を彼に話していた。
苦しくて、どうしようもない心の状態をバカみたいに彼に訴えた。
彼は黙って話を聞き、そして沈黙が流れた。
その沈黙は、とても辛かった。
真っ白な頭の中に浮かんだ言葉は、空気を揺らし外に出た。
”でも、やっと逢えたね……”
分からなかった。
何で、そんな事を言ったのか。
でも、無意識に発した言葉に彼は沈黙を破った。
”俺は……ずっと待ってた、500年以上……でも、待ってて良かった”
予想外だった。
怖くてたまらなかった公園までの道のり。
開き直り、見せた本当の姿。
どうなってもいい。ただ本当の事を言いたくて、本当の姿を知ってほしくて……その後は、もうどうなってもいい。
2度と会えなくてもいいと思ってた。
でも、彼の言葉を聞いた私の心は、今まで探し続けて見付からなかった答えを呆気なく見付けてしまった。
私は、転生した婚約者じゃないかも知れない。
でも……ただ貴方の事が
”好きだ”
そう伝えれば良かったのだと。
私が言う前に、彼に言われてしまったけど、私もちゃんと言った。
”私も貴方の事が好きだ”