第40話 足りない感情
今日も、何も無い殺風景な部屋で目を覚ました。
何時もの様に朝食を食べ、城に向かう。
勤務が終わると、夜の街へ繰り出す。
何時もと変わらない日常……
退屈を苦痛に感じる私は、2人の王妃に聞いた事があった。
2人は、朝から朝食作りと部屋の掃除を分担して行い、魔王様が起きたら一緒に朝食を食べる。
その後、どちらかが秘書として同行し、残った1人は魔王様の部屋の掃除、夕食の用意や洗濯などをしているのだ。
魔王様が魔界に居ない期間もあるが、基本的には同じ事を毎日繰り返している。
毎日、退屈じゃありませんか?
すると、2人の王妃は同じ事を言った。
「平凡な日常が、こんなにも素晴らしいと思えるとは思わなかった。私も退屈は嫌いだった。でも今は、代り映えしない、この日常がずっと続いて欲しいと思ってる//」
何それ。
全く理解出来ない。
代り映えしない日常なんて、退屈そのもの。
その退屈は苦痛だ。
だが、何かが切っ掛けとなって退屈な日常が愛おしく思える様になったという体験談に、私の心は騒めくのだ。
私は、生まれてから相当な期間1人だった。
生まれながらにして、生態系の上位。
殺し、奪い、喰らう……そんな日々を過ごしていた私の前に、ある日アリス様が現れる。
初めての敗北。今まで自分が最強だと思っていたが、私はアリス様の足元にも及ばなかった。
殴られ、蹴り上げられ、叩きつけられた。
”死”
その時、恐怖を学んだ。
今まで殺してきた者達、その殺される側の気持ちを理解したのだ。
その後、気遣いを学んだ。
アリス様の元に仕え、顔色を伺う日々。
まぁ、それが夜の仕事に役立っているのは言うまでもないが。
今は考えても分からないが、恐らく、私が経験すべき事や学ぶべき感情が、まだあるのだと思う事にした。
…………………………………………
あの日から1週間後。
店に、パーシス様が来た。
1人だ。
パーシス様は、約束通り私を指名し席に着いた。
私の話が聞きたいと言い、にこにこしながら私を見つめる。
私は、夜の仕事を始めた理由や今後の目標について話した。
全部嘘だ。
パーシス様は、相変わらず優しい表情で話を聞いていた。
一通り話し終えた時、私は違う席に呼ばれた。
「今日は色々聞かせてくれてありがとう」
優しくそう言うと、彼は私が店にいる日を確認し帰っていった。
店にいる時、私は自分でも驚く程、嘘を吐く。感情を完全に支配し演じる。
でも、それは普通の事で、悪びれる事もなく当たり前に思っていた私の心に”罪悪感”が芽生えた。
家に帰り、床に就くも私の頭の中は、今日のやり取りと罪悪感に満たされていた。
頭まで布団に包まり、必死に思考を遮ろうと藻掻く。
何故?何故こんなに心が乱れるの?
自分の心に問いかけ続ける。
いつの間にか朝になっていた。
答えは……まだ見付からない。
店に行かない日、幼い本来の姿の私は我儘を言い魔王様達と夕食を食べる。
2人の王妃は料理が上手いのだ。
手伝いをするので、作り方は覚えられる。
しかし、家に帰り自分で作ってみると、何か違う……。
美味しく感じない。
「想いがこもってるからかな?//」
同じ様に作っているのに、味が違うと言う私に、王妃達は言う。
想いとは?
もっと具体的に話して欲しい。
私は、感情が欠落しているから、もっと具体的に教えてもらわないと……
でも、私は質問を続ける事はない。
これも、頭で理解する事ではないと知っているから。
何も分からない……私だけではないとは思う。
特定の感情が理解出来ない者は大勢いるだろう。
そんな事、どうでもいいと思いたい。
しかし、私の心は疲れ果てても尚、這いずる様に、その感情を探そうとするのだ。
拭えない罪悪感を抱える私は聞いてしまう。
「来週、パーシスが飲みに行こうって言ってるんだ。行って来ていい?」
お伺いを立てる魔王様の言葉。
この罪悪感を拭いたい一心の私は、初めて客をアフターに誘おうと思った。
待ち遠しい。
魔王様の予約の日は、もうすぐだ。
そんな待ち遠しい予約とは真逆の予約が今夜入っている。
パズズの予約だ。
来店したパズズは、何かにつけて身体を触ろうとして来る。
何とかやり過ごし、パズズを見送る。
疲れがどっと出た。
家路に着く私は、家に着く前に本来の姿に戻る。
しかし、疲れてたからだろうか……そのままの姿で玄関まで来てしまった。
(考え事し過ぎだよね……)
背後に気配を感じ、振り返るとパズズが立っていた。
つけられていたのだ。
普段なら気付かない訳がない。
(しまった……)
無理矢理、家の中に追いやられる。
両手を壁に押し付けられ、気持ち悪い顔が迫って来ていた。しかし……
私は短気だ。
本来の姿に戻り、威圧を込めて言う。
「死にたくなければ、そのぐらいにしておけ……」
大きな声ではない。
しかし、冗談とは到底思えない殺意が籠っている。
「メ、メリア様!!?」
本来の姿、その姿の私をパズズは知っている。
魔王様からダウンを取った、聖魔獣ニーズヘッグだと。
パズズは大慌てで家から出て行った。
何をしているんだ……つけられている事にも気が付かない程、考え事している自分に腹が立った。
パズズもう店には来ないだろう。
一瞬やってしまったと思ったが、そう思ったのは、まさに一瞬だった。今は、どうでもいいと思っている。
馬鹿馬鹿しい……清々した。
気になるのは店の売上げが僅かに下がる事のみ。
私は、そう思っていたが事態は思わぬ展開となる。