第38話少しだけだけど、私の話
何も無い殺風景な部屋。
私は野菜が配達された音で目を覚ました。
私の家は、城から少し離れた場所にひっそりと建っている。
魔王グルナ様が建ててくれた家だ。
以前は、城に住んでいた。
魔王様は、特に何もしていない私に毎月お金をくれる。
どうやら、私の仕事は王妃の警護らしい。
しかし、今日警護する対象は幻獣界の前王 竜王バハムート。
魔王様からアリスという名前をもらい王妃となった、私の元主だ。
警護の必要は無い、それ程に強い。
魔界には、アリス様に歯向かう者は居ない。
つまり、私の仕事は警護というより身の回りの世話といった感じだ。
リリア様の警護も同じような感じで、そんな仕事にもかかわらず、私は毎月金貨40枚という大金を貰っている。
貯まっていく一方だ。
申し訳なく思った私は、せめて城を出て、自分の事は自分でしようと思った。
今日も新鮮な野菜が届いていた。
朝早くに魔界で収穫された瑞々しい野菜は、とても美味しい。
毎月、金貨2枚で玄関先まで配達してくれるのだ。
夕方には仕事が終わり、街の店で肉や魚介類を買って帰る。
2人の王妃と比べられると辛いが、以前よりは包丁捌きも上手くなった。
料理をしているのは、ディーテ様…異世界の王妃の影響だろう。
「好きな人が出来たら、胃袋を鷲掴みにしなきゃダメだぞ?帰って来なくなるから!」
そう言われたのだ。
本当かどうかは分からない。
何故なら
私は誰かを好きになった事がない。
私は食べる事が好きだ。
だから、今は自分の為に美味しい料理を作る。
そのうち、私の料理を美味しいと言って食べてくれる人が現れるのだろうか。
朝食を済ませ、城に向かう。
今日はリリア様が魔王様と過ごす日。
アリス様は週に4日、リリア様は週に3日魔王様と行動を共にしている。
日中は秘書として魔王様と行動しているので警護など不要。
魔王様は優しくも恐ろしいのだ。
初めて出会ったのは、私が世界樹の根を食べていた時だった。
幻獣界では大人しくしていたが、他の世界では大暴れていた。
私より強いのは、アリス様と幻獣界 現王リヴァイアサンのみ……そう思っていた。
1度は膝を付かせたものの、2度目は無かった。
動けなくなった私に迫る、雷を纏う魔王様は恐怖以外の何者でもなかった。
今でも、たまに夢に出る程だ。
その時、魔王様は私を殺さなかった。
もっと美味しい食べ物がある事を教えてくれ、私を配下に加えてくれた。
名前をもらったのも、その時だ。
メリアという名だ。
魔王様が言うには、ミツバチの意味らしい。
私は、とても気に入っている。
城に着くと、アリス様は考え事をしていた。
聞くと、夕食の献立を考えていたそうだ。
日中はリリア様が身の回りの事をし、アリス様は夕食の準備をする。
夕食は、魔王様と2人の王妃、そしてアザゼル様の4人で食べている様だ。
私は、アリス様が悩む姿をあまり見た事がない。
好きな人の為に献立を考えるのは、そんなにも悩ましい事なのだろうか。
不思議そうに見つめる私に、アリス様は言うのだ。
「旦那様の喜ぶ顔が見たくて考え過ぎてしまう……//そして、思い付いた難しい料理でも作ってあげたいと思ってしまう……身体が勝手に動いてしまうの//」
私の知らない竜王が居た。
威厳に満ちた凛々しい最強の竜王は、魔王様と出会い、そして乙女になった。
そんなアリス様を羨ましく思うけど、心の中に、どうでもいいよ。と白けてる自分も居た。
今の私には理解出来ない感情なのだから。
アリス様から頼まれた食材を買いに街に出た。
メモを見ながら買い物をしていると、果物屋の店先に並べられた青い果実が目についた。
以前、異世界の王妃に聞いた事があった。
誰かを好きになるってどんな感じ?
すると、異世界の王妃は私を街に連れ出し、果物屋に案内した。
「口では説明出来ない!コレを食べろ!!」
私は驚いた。
とても酸っぱく…微かに甘く…ほろ苦い…何とも言えない味。
驚いている私に、異世界の王妃は言ったのだ。
「これが、人を好きになった時の気持ち。
恋が愛に変わると……うーん、その先は教えない//」
教えろよ!と思ったが、教えてもらっても理解出来ないだろう。
でも、その衝撃的な味に私は興味を持った。
その時から、誰かを好きになる事に何の関心も無かった私の中には、好きな人と過ごす幸せを知るアリス様やリリア様を羨ましく思う気持ちが生まれた。
夕方、魔王様が戻り、私の勤務時間が終わった。
…………………………………………………
その日、私は家に帰り支度をすると、ある場所に向かった。
会員制の高級クラブだ。
週に3~4日だけ夜の仕事をしている。
異性と話をする場に行けば、私に足りない感情を埋められる…そんな気がした。
客は、周辺国の王族や地上世界の王族、豪商達。
私の見た目は、男か女か分からない程に中性的で幼い……チンチクリなのだ。
悲しいが、魔王様からは暫く男の子だと思われていた。
だが、私は姿を変えられる。
普段、城の中に居る私を知る者が訪れる事もあるので、姿を変えるのは必須なのだ。
面接をしたのは、魔王様だった。
私は瞳を見つめられ、正体がバレたかと心配したが採用された。
控え目な気の利く優しい大人な女性の姿……
それが私の夜の姿だ。
源氏名はメイ。
働き出して半年以上経つが、未だに理解出来ない。
客は様々。疑似恋愛をしに来る客もいれば、雰囲気を楽しみ美味い酒を飲みに来てるだけの客、ただ話をしに来るだけの客……下心丸出しの客も居る。
そして、たまに魔王様も来る。
フリーで入り、たわいも無い話をし、席に付く女の子を気遣う。
そして、高級な酒を飲み1時間程で帰ってしまう。
誰も指名しないのは、永久指名だからだろう。
誰かを指名してしまうと、魔王様に誰が付こうが売上げは指名されている子のポイントになるからだ。
ちなみに、黒服は国の幹部。
店で、唯一私の正体を知っている。
しかし、彼は他言する事は無い。私が口止めしている訳ではないが察してくれているのだろう。
空気を読み、接客に集中する女の子をサポートする能力は素晴らしく、魔王様が選んだだけの事はあると素直に思ったし、私自身、結構信頼している。
夜の姿は、私が成りたい理想の姿なのだろうか……
気の利く女そのものの立ち振る舞いを苦もなくこなすのは、短い時間だから出来るのだろうか……
昼の仕事をしながら、夜の仕事をする。
その生活が始まってから、私の心は不安定になった。