第37話 王妃戴冠式
国中が祝賀ムードに包まれ、城では戴冠式が行われる。
会場には、異世界の魔王達も訪れていた。
勿論、地上世界の妻ディーテもだ。
おそロシア……結婚式ではない。しかし、現在進行形の妻の眼前で、即位式という、それに類似する儀式を行う。
公認なので良いのでは?言い出したのは妻ではないか……
その通りだ。
仰る通りだが、重婚を犯罪とする”日出処國 日本”で生まれ、数十年を過ごした俺の魂。それに刻まれた罪悪感は、異世界に転生しても消える事はなかった。
何より、地上世界の妻ディーテが何を思っているか、全く読めない。
何も言わずに行動した訳ではない。
勿論、事前に話をしたのだが……
「ふむ、不満を感じさせるな!ちゃんと平等に愛を注いでやれ!」
言われたのは、これだけ。
まるで他人事である。
逆の立場だったらと思うと寒気がする。よくぞ平常心を保っていられるものだと、1人思いにふける。
「やりやがったな!この色男め!!ハハハハッ!」
「茶化すなよ、内心穏やかじゃない……」
魔王パーシスである。
同じ世界からの転生者、彼は異世界に転生してから500年以上になるが、未だに独身貴族だ。
魔王であり国王。マリンスポーツが似合うイケメン……言い寄って来る女性が居てもおかしくない。前々から気になっていたが、プライベートな事なので、敢えて聞かなかったのだ。
「パーシス?お前は結婚しないのか?」
この際、直球で聞いてみようと思った。
実は……男にしか興味がないんだ……なんて言いつつ調弄されそうだが。
「俺が、この世界に転生したのは……」
真面目な表情になるパーシス。
そして、過去について話し始めた。
ある日の午後、とある場所に向かっていた。
雲一つない快晴だったそうだ。
海沿いを走る車、その助手席には愛する恋人を乗せて。
2人が向かったのは、結婚式場。
その日は、下見をする予定だったそうだ。翌年には結婚し、生涯共にする事を誓い合った2人は、その日の準備をしていたのだ。
彼女は、その式場をとても気に入り、式場は決まった。
帰り道、海の見えるレストランで夕食を済ませ、自宅へ向かっていた。
早く、みんなにドレス姿が見せたいと微笑む彼女。
控え目で優しく……だが、心に傷を持っている様な……そう時折感じさせる彼女を、パーシスは受け入れ、幸せにしたいと思っていた。
自宅までは数十分。
緩やかなカーブに差し掛かった時、前方に違和感を感じた。
対向車の運転手が目を閉じているのが見える、明らかに居眠り運転……トレーラーの巨体は対向車線にはみ出し、パーシスの車を巻き込んだ。
事故の瞬間は覚えていない。意識が戻ると激痛と呼吸困難に襲われる……横を見ると、頭から血を流す彼女が居た。
息をしていない……骨折しているであろう腕を必死に動かし、脈を取る。
しかし、脈は触れない。
彼女は既に死んでいた……そして、絶望したパーシスの意識は暗転し、次に意識が戻った時、そこは自分の知る世界ではなかった。
それから500年以上、パーシスは彼女を待ち続けていた。
もしかしたら、彼女も記憶を持ったまま転生しているかも知れない。
そんな期待から、パーシスは一途に待ち続けていた。
「男にしか興味が無いとか言うと思ったか?ハハハハッ!!」
「…………」
事故で死んで転生したとは聞いていたが……
パーシスの話は、今の俺には刺さり過ぎた。
……………………………
アルトミアとディーテは、既に会場に入っていた。
相変わらず、アルトミアの疑問は尽きない。
念の為、軍神アレスから奪い取った”ケツしばき棒”を装備している。
「ディーテよ、何度も聞くが……本当に良いのか?」
「ん?うん、今の所予定通りだ」
「はて?予定通りとな……」
何を考えているのか……まぁ今更どうしようもないのだ。アルトミアは考えるのを止めた。
無になっていたアルトミアの元に、カラとセレネがやって来た。
「お前達も来ておったのか。残念だが、今回の件はアイツなりに考えに考えた結果であろう。今日は祝福してやるのだ」
「確かに残念ですけど、大丈夫です!お姉様!」
「お姉様?妾は何時からお前達の姉になったのじゃ?」
「これからなるのです!まだ、地上世界に席が残ってますわ!!」
「…………」
(恐ろしい奴らじゃ……)
火種は消える事無く燻り続けている。
アルトミアは、少しだけグルナの置かれている状況を理解出来た様な……そんな気がした。
幻獣界から竜神族も到着し、地上世界の王族達も会場入りした。
城の周りには、王妃を一目見ようと大勢の民衆が押し寄せている。
殆ど夜の魔界だが、そっと頬を撫でる優しい風は、春の訪れを感じさせる。
いよいよ王妃戴冠式が始まるのだ。
漆黒の軽装鎧に漆黒のマント。
単なる国王ではない、魔界最強の支配者として君臨する魔王はガウンなど纏わない。
魔王が向かう祭壇には、スピネルの様な赤く輝く宝石が散りばめられた王冠、そしてタンザナイトの様な深い青色の宝石が散りばめられた王冠。
その2つの王冠が置かれ、その横に立つのは、魔界の側近ベレト。
静かな会場は、2名の登場を心待ちにしていた。
扉が開き、メリアを先頭に数名の兵士が姿を現した。
続いて、厳重な警備に守られた2人の女性が入場する。
2人は、美しい刺繍が施されたシルクのドレス姿で現れた。
ドレスなど見慣れた者達ばかりだが、それを着る2人のあまりの美しさに会場からは溜め息が漏れた。
祭壇に上がり、魔王の前に跪き宣誓する。
”今後の全人生を貴方と、そして私達が属するサタナス国の為に捧げる事を、此処に誓います”
アリスには赤い宝石があしらわれた王冠を、リリアには青い宝石があしらわれた王冠を魔王自ら2人の頭にのせる。
そして、王冠の宝石と同色のガウンが授けられた。
会場からは拍手が贈られ、国王と王妃はバルコニーへと移動した。
民衆に手を振る2人の王妃は、国民にも宣誓する。
”今日の誓いを果たし、必ず守ります”
大きな歓声が巻き起こり、国民は国の更なる発展を期待したのであった。
参加者達は、着替え別室に移動する。
即位祝賀の晩餐である。
その時、ディーテは2人の王妃を自室へと招き入れた。
「フフフッ。これで魔界でもグルナは癒されるな。私達は家族だ!2人にコレを贈ろう」
ディーテは2人にティアラを贈った。
自身が身に着けるティアラと同じ物、お揃いだった。
王冠を身に着ける行事は少ない。
基本的には宝物庫で厳重に管理され、手元にも無いのだ。
「「お揃だ//」」
贈ったディーテ、贈られたアリスとリリア。3人の心の距離は、更に近くなった。
饗宴の場では、グルナは竜神族や王族達に囲まれ質問攻めにあっている。
暫くは身動き取れないだろう。アルトミアはケツしばき棒をしまい、リリアに声を掛ける。
夜風が心地よいテラスに移動したアルトミアとリリア。
先に口を開いたのリリアだった。
「お姉様、ありがとうございました!」
「……はて?」
女子会でアルトミアに会っていなかったら、リリアは王妃候補を辞退していただろう。
アルトミアは何とも思っていないが、リリアは一言礼が言いたかったのだ。
しかし、アルトミアがリリアを呼び出したのは、別件だった。
「お前は、全てにおいて控え目なやつじゃな!妾には劣るが、お前の輝きは中々のものじゃ!」
「…………?」
「勿体ない!首元が寂しいぞ!」
アルトミアは、着けていた3連の真珠のネックレスを外し、リリアに着けた。
その後、事ある毎にリリアは、その真珠のネックレスを着けるのだが、その姿は、極上のドSであるアルトミアのツボなのだ。
(魔界に来る楽しみが増えたわい……//)
アルトミアは、魔界を訪れるとアザゼルの店で買い物をし、城でリリアやアリスとお茶をする様になる。
一方、刹那はアリスに興味津々だった。
眺めていると、目が合う2人。
アリスが刹那の元へやって来たのだ。
「……お姉様、よろしくお願いします//」
俯き、一言呟くと頬を染めるアリス。
(か…かわいい……)
そんなアリスを見て、刹那は気付いた。
この美人は、実は隠している……己の可愛さを徹底して隠している……
初対面での印象はクールな美人。
女子会では、少ししか話が出来なかった。
勿論、話した時の印象もクールな美人そのものだったのだ。
しかし、少し特別な関係となった今、アリスの印象はクールな美人から、(少し痛いであろう)可愛い女の子へと変わったのだ。
刹那の興味は尽きない。
色々な話をしながら、攻めの質問をしながら刹那は思った。
(仲良くやっていける気しかしない……たのしい……//)