第33話 奪い尽くす者
霧……?
濃霧の中、俺は目覚めた。
此処は……?
地上世界でも魔界でもない……何も感じない不思議な世界。
ハッキリとした意識と感覚の薄い身体は、まるで明晰夢。
俺は、邪龍と戦い……結局、死んだのだろうか?
立籠める霧の中を歩く。
初めて、自分の足元さえも見えない濃霧を経験している訳だが、不安な気持ちは無い。
1寸先も見えないのに。
俺は彷徨っていた。
目的なんて無い。ただ、その場に居てはいけない……何となく、そんな気がしたんだ。
やがて、目の前に何かが有る事に気が付いた。
ゴツゴツした岩?
俺は、その岩肌を手探りで伝う。
岩が途切れた。どうやら岩に穴が空いている様だ。
地獄に続いているかの様な、黒い一色の世界は俺を誘うのだ。
………………………………………
リリアはファフニールの心臓を切り取り、国に持ち帰っていた。
吹き飛んだ上半身……焼け焦げた血と肉。
しかし、何故か心臓だけはキレイに残っていた。
全てを奪う強欲の邪龍ファフニール……
戦いは、まだ終わってはいないのかも知れない。
リリアは切り取った心臓の一部を、自身の魔力で熱し始める。
(私は、グルナ様の役に立つ!)
ファフニールの心臓は焼け焦げ、乾燥をし始める。リリアは魔力をかなり消耗したが、心臓を焼くことに成功したのだ。
後は仕上げである。
寝室に行くと、ベッドの横でアリスは意識を失っていた。
有りと有らゆる方法を試したのだろう。
竜王バハムートの魔力は枯渇していたのだ。
(アリス様、少しだけ私にグルナ様を託して下さい……)
グルナは意識が無いだけで、他は問題無く機能している。
(夢を見ているのだろうか…魘されている)
グルナの額に、そっと手を置き、その手から夢を送り込んだ。
サキュバスであるリリアは、夢を操るのだ。
そして、リリアは炙ったファフニールの心臓を口に含む。
出来るだけ細かく噛み砕き、グルナに口移しした。
飲み込むのを確認し、少しずつファフニールの心臓をグルナに与えたのだ。
(毒食わば皿までも……グルナ様、ファフニールの命を奪っただけでは足りない。その心臓も奪わなくてはならない。強欲の邪龍から、逆に全てを奪い尽くさなくてはならない……)
……………………………………
岩穴を進むと、薄灯が見えた。
それはまるで、ファフニールに遭遇した空間の様に不気味な光。
また、アイツが現れそうな雰囲気だな……
そう思っていたら、ファフニールは現れた。
何と執拗い奴なのか……夢の中としか思えない空間にまで現れるファフニールに、思わず溜め息がでる。
「強き者よ……止めるのだ」
「……?」
(様子がおかしいな……)
「止めるのだ……これ以上…奪うのを止めるのだ」
言ってる意味が分からない。
ただ、分かった事が1つあった。
俺から全てを奪おうとした分際で、奪われそうになると、止めるよう懇願する……腐った根性の持ち主だという事。
「上から物申すんじゃねぇよ!!奪われる恐怖を知るがいい!!」
「頼む……止めてくれ」
俺は、ファフニールを滅茶苦茶に引き裂き、その肉を”喰った”
泣き叫ぶファフニールを……命乞いをするファフニールを無慈悲に惨殺し、喰い尽した。
……………………………………
ちゃんと飲み込むように。
リリアは、何かを食べる夢をグルナに魅せていた。
少しだけ上体を起こし、抱き寄せ……
少しずつファフニールの心臓を食べさせた。
最後の一欠片を飲み込むのを確認し、リリアはグルナの夢に干渉を試みる。
更に強く抱きしめ、リリアはグルナの魅ている夢に集中する。1つの決意を胸に。
”必ず連れ戻すのだ”
薄灯の灯る洞窟の様な空間。
その隅に、グルナは居た。
「グルナ様……」
「リリア?どうやって此処へ?此処は何処なんだ?」
「此処は、夢の中。迎えに来ました…みんなが待っています」
グルナの手を引き、濃霧の中を進む。
やがて、霧は薄くなり、青空が見える所まで来る事が出来た。
「リリア、この夢は何時覚める?」
「もうすぐですよ……私は先に戻りますね。必ずグルナ様も戻って下さい」
グルナを抱きしめ、帰りを待つ。
半刻程過ぎた時、グルナは目覚めた。
「リリア……ありがとう」
「グルナ様…おかえりなさい//」
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アリスに傷を癒してもらい、ディーテに解毒をしてもらい、そしてリリアに助け出された。
左手は失ったが、気にしていない。
俺には、もっと大切なものが、今も確かに残っている。
目覚めてから、1ヶ月後。
俺は、義手をして生活している。
クラティスとミダスが、あーでもないこーでもないと言いながら作ってくれた魔力で自在に動かせる優れ物。
実に便利だ。
その義手と壊れた防具は、今後必需品となるだろう。
アリスとディーテが膨大な魔力を込めて変質させた”それ”は、光輝シリーズを遥かに凌ぐ強度と追加効果を帯びていた。
”煌鬼”シリーズとでも言うべきだろうか……
まぁ、シリーズといっても俺の義手と防具だけしか存在しない訳だが。
以前、”光輝”の胸当を作った時、ディーテは数日間部屋に籠り、防具に魔力を込めた。
今回も、ディーテは勿論、アリスも部屋に籠ったのだ。
「「決して覗いてはなりませぬ……」」
「…………」
覗きたい衝動に襲われたのはここだけの話だ。
ゆっくり休ませてもらったので、かなり回復している。
今日は午後から、俺の快気祝だそうだ。
楽しむとしよう。
水面下で嫁争いは続いているので、夜が心配ですね(´ºωº`)