第24話 繋がる2人
まさに”万能”結界を張り巡らせた部屋。
その部屋は旦那様の寝室。
大きなベッドの上で私は我に返った。
私の視線の先には、戸惑った表情の旦那様…
またやってしまった…
私はどうしても旦那様と2人きりになりたくて、やっと帰って来てくれた旦那様に想いを伝えたい一心で…
こんな事ばかりしていたら嫌われてしまうだろう。
申し訳ない気持ちと、旦那様が居なかった時の辛さ…それに、もう嫌われているかも知れないという不安。
そして、どうやって伝えれば良いか分からない、もう何処にも行かないで欲しいと思う気持ち。
私は、どうすればいいか分からなかった。
ただ、唯一分かったのは旦那様の体温を感じたいという想い。
怖かった。
もし、嫌がられてしまったら…私は恐る恐る旦那様との距離を縮める。
やがて、私の頬は旦那様の頬と触れ合い、その体温を感じ始めた。
堪えられなかった涙が零れ落ちた。
止まる事のなく、ゆっくりと溢れ続ける涙。
溢れたのは涙だけではなかった。
私の、今の精一杯の言葉。
”もう…行き先を告げずに出て行かないで…”
あんな不安な時間を二度と過ごしたくなかった。原因は私なのに勝手な女だと思われたかも知れない。
でも、そんな事を考える私の身体を旦那様は優しく抱きしめてくれた。
何を言うわけでもなく、私を落ち着かせる様に優しく…
頭を撫でる手は、不器用な私の、言葉に出来ない想いを理解しているかの様に…
私の不安や恐れは消え去り、何とも言えない幸福感へと変わっていた。
旦那様が与えてくれる幸福感に、私の涙は止まる事なく溢れつづけた。
………………………………………………………
何故?
俺の上にはアリスが馬乗りになり、美しい顔は徐々に、その距離を縮めていた。
抵抗なんて出来ない…
俺の腕には、最新のプレス機以上の圧が掛かり1ミリも動かせないのだから。
隔絶された部屋の中で、僅かに聞こえる彼女の呼吸…
俺を押さえ付けるのに苦労しているのか…興奮しているのか…
違う。その呼吸から読み取れるのは
”悲しみ?不安?”
紅く光る瞳ばかりに目が行っていたが、よく見ると眉毛はへの字になり涙が零れそうになっている。
俺を押さえ付けていた腕の力が無くなり、代わりに、その腕は俺を優しく包み込んだ。
アリスの顔は俺の顔の横にあり、その表情を伺い知る事は出来ない。
俺の頬を何かが流れた。
それは、アリスの涙だった。
”旦那様…もう…行き先を告げずに出て行かないで…”
アリスは小刻みに震えながら、そう力無く呟いた。
怒っていたんじゃなかったのか?
怒ったのは、俺と2人きりになる為の演技?
心臓に悪い。だが、不器用な彼女なりの…
約束する。もう二度と不安にさせたりしない。
心の中で静かに呟いた。
部屋に居たのは、竜王ではなかったのだ…
1人の孅い女性。
俺の手は、何時しか彼女を抱き締めていた。
その身体は、細く軽く…俺の庇護欲を刺激する。
庇護欲?
そうとしか言えない感情は、何時までも彼女を抱きしめさせ、愛おしさを芽生えさせるのだ。
…………………………………
なんて言っているが、これは押し倒されて5秒後ぐらい。少し冷静になってからの頭の中だ。
押し倒された直後は怖かった。
とても怖かったのだ。
この世のものとは思えない握力。
私の戦闘力は53万です。
違う違う!そんなもんじゃない!!それの10倍はあるだろ!!
ス○ウターが即壊れる戦闘力だ!!
(手首イッた!?ヤバい!!殺される!!)
肉食の猛獣に喰われる前の草食動物の気持ちとは、これ程の恐怖と絶望に満ちていたのか!?
そうだ!死んだフリだ!!擬態で逃れるんだ!!
いや待て!もう完全に手遅れだろっ!!ゲート出た時に既に死んでないと無理だ!!もう死体になるのは不可避じゃないのか!?
あ!顔近い!!噛まれる!!
や、やめて!!イヤャァァァァァァァァァ!!!!!
これは、押し倒された直後、1秒にも満たない時間の中で俺の頭を巡った心の声である。
いい匂いの超絶美女に襲われる。
素晴らしいシチュエーションだと思う元気いっぱいな男子諸君もいらっしゃると思うが、ハッキリ言っておく。
マジでしぼむ。
恐怖のあまり、真冬に素っ裸で屋外に放置される時より、しぼむのだ。
最早”それが”どこに行ったか分からなくなるレベルだ。
楽しむ余裕は欠片も無い。
だが、普段のクールな彼女からは想像も出来ない孅い乙女の姿は、とても愛おしく思えたのも事実だ。
この後も色々あるが、アリスは何時までも不器用で、そんなアリスの事がとても可愛く思える様になったのだ。