第22話 男は犬と一緒!
国を出た俺は、ひたすら南下していた。
何をしているんだ…
何故、国を出たのか…
分からなかった。ただ逃げていただけかも知れない。
そう思った瞬間もあった…だが、心はとても軽い。
魔界の季節は冬だ。
重力操作で飛行する俺の頬を撫でる風は、心地良い痛みを伴い”生”を実感させる。
アフリカで捕獲されたライオンが、動物園に入れられる。
ある日、大災害が起こり、一時は死をも覚悟したが、”それ”を切っ掛けに檻は壊れた。
今の俺は、まさに解き放たれた百獣の王なのだ。
俺は自由だ!!
南に向かっているが目的地はない。単に食料に困らないだろうと思っただけだ。
魔界は発展途上…街が有ったとしても、そこには泥で出来た雪洞の様な住居しかない。
それなら、街ではなく森の方がいいと今は思えた。
今頃、国は大騒ぎになってるのかも知れないが最早どうでもいい。
とにかく、今は1人にして欲しいんだ…
大分、サタナス国から離れた。俺にとって魔界は今も未知の世界だ。
少し歩きたくなった。
森の中を進むと、遠くに城が見えてきた。
どうやら、来たくもなかった街に来てしまったようだ。
悪魔が居たので話を聞くと、どうやらバルバトス国という国らしい。
この国を治めるのは、魔界の大公爵バルバトス。
以前、ベレトが言っていのを思い出す。
”敵性国”だと…
一瞬…肩を落としたが、怒りが込み上げてきた。
今回、バハムートが国に来たのは、もしかしたら俺の詰めの甘さが原因だったのかも知れない。
あの時、先手を打っていれば…今も平和だったのかも知れない…
解き放たれた王者の実力を発揮してやる…
飛ぶのが早そうな悪魔を捕まえ呟く。
”サタナス国の魔王が、今から貴様を潰しに行く”と伝えろと
数キロ歩いただろうか。
やっと城に辿り着いた。
俺の姿を見た悪魔の軍勢が襲いかかる。
正直、国を出た時、俺は辟易していた。
守るだの、退けるだの…
しかし、今、俺は何をしている?
己の国であるサタナス国に仇なす国を破壊しようとしているのだ。
完膚無きまでに。
襲い掛かる悪魔の群れは数百万。巨大な黒い霧が動いている様に見える。
数に頼めば俺に勝てるのか?
強力な魔法が操れれば俺に勝てるのか?
答えはNOだ。
最強の神の血”雷霆”
撃ち出された拳の破壊力は魔界に極小規模の超新星爆発を引き起こし、バルバトス国の首都が”有ったはず”の場所は無人の荒野へ変わっていた。
今の爆発で居場所が特定されたかも知れない。
俺は、足早にその場を後にした。
…………………………………
サタナス国。
「グルナ様が消息不明です!!」
「ご主人様ーー!!」
ベレトやムックは街中を探し回っていた。
しかし、捜索を行わない者が数名。
1人はセレネである。
(私があんな態度を取ったばかりに…)
セレネは自分を責めていた。引き金となったのはセレネの態度かも知れない。
しかし、根本的な原因はバハムートである。
だが、セレネは混乱を極め、行動1つ起こせないまま…
アザゼルも捜索は行わない。
アザゼルは店を任されている。グルナは国に居ないだろう。そう思っていた。
ならば、自分のするべき事は闇雲に探すことではない。
任された店を守るのみ。
元気に店を運営していた。
そして、もう一人。
バハムート…アリスである。
「………………」
(国内には居ないだろう…)
動揺する幹部に物申す。王妃としてでは無い。幻獣界の王としてである。
「君達の王は、1人で国外を歩けない程に貧弱なのかい?違うだろ?君達が束になっても敵わない…この世の頂点の一角。違うかい?」
実に的を射ていた。
「君達は彼の性格を知ってるだろ?何を慌てる必要があるんだ?必ず帰って来る…その日まで、この国を守り…任された仕事を熟すがいい」
(って帰って来なかったらどうしよう…旦那様帰って来て!!)
幹部達は我に返り、自分の成すべき事に注力する、主が必ず戻ると信じて。
アリスも不安で泣き出しそうなのだ。
しかし、クルデレな性格が不安を表に出す事を許さない。
そんな事を知る由もないグルナは思っていた。
(誰も探しに来ないな…忘れられてる?)
それはそれで悲しいのだ。
ひたすら南下していたグルナは巨大な森に差し掛かっていた。
(懐かしい…)
転生した最初の世界で、初めて魔物の配下が出来、国を興したのも大きな森だったのだ。
あの頃は、全て一からで大変だったが充実していたし、何より日々楽しかった。そんな思い出がグルナを森に入らせた。
(暫くは森で暮らすのも悪くないな)
………………………………………………………
サタナス国に森の国の女王がやって来た。
グルナの妻、ディーテである。
護衛として、アマゾネスの族長マリと飛行部隊長カラも脇に控えている。
ディーテはグルナを探しに来たのではない。
ただ、魔界の幹部の様子を見に来ただけである。
「こんにちは、ディーテ様。貴方の事はケートスから聞いてるよ」
「お前もしかしてバハムートか!?私もケートスから聞いてるぞ!幻獣界の王なんだろ?」
バハムートの件は、ムックからそれとなく聞いていた。
ディーテは彼女にとても興味があったのだ。魔界の王妃候補1位。その立ち振る舞いに。
「バハムート!グルナを探さないのか?」
「魔王様は帰って来る。待っていればいいと思ってるよ」
「そうか。セレネ、カラ。お前達ならどうする?」
「「探しに行きます!」」
「そうか…私は今回の件なら探さないかな」
ディーテはバハムートと同じく探さない派の様だ。
何故なのか。
ディーテは小さな溜め息を吐き、もう1つ質問をする。
「お前達は、男から”自由”を取ったら何が残ると思っているんだ?」
「「……?」」
「その”自由”とは何だと思っているんだ?」
「「自由…?」」
「お前達が探しに行き、無事に見付けたとして…連れて帰れるのか?」
「それは…分かりません…」
男から自由を取ったら、残るのは無気力と”不満”だ
更にディーテは続ける。
男とは、自分の意思で生きる者なのだと。自分の意思で判断し、自分の意志で事を成す。
即ち、ここで言う自由とは”自ら選択する自由”なのだと。
それは行動を起こす前の段階であり、好き勝手に振る舞う自由では無い。間違っていると思えば押さえ付けるのは当然の事なのだ。
選択肢を与えるのだ!そして、意図する選択をする様に仕向けるのだ!自分で決めた事なら多少のストレスは問題にならない。成し遂げる確率も高いだろうし結果も受け入れるだろう。しかしだ!これが強制されたものであれば努力・達成率はどうだ?比べるまでもない。
セレネの行動は、バハムートではなく自分を選択する様”強制”したのだ。
勿論、セレネにそんなつもりは無いのだが、セレネとの関係を修復する方法は、必然的に新参者のバハムートではなくセレネを王妃として認めるか、セレネを第一夫人とし、バハムートを第二夫人とするとなる。
そして、結果としてグルナが選んだのは第3の選択肢。
”どちらも選ばない”である。
セレネを王妃とするならば、カラも巻き込み更なる泥沼になる。ならば自分が消えてしまえばいいとでも思ったのだろう。
事実、時間は掛かるだろうが主従関係には戻る。
結局、強制する事など出来ないのだ。
グルナを見つけ出し、戻る事を”強要”すれば意地を張って戻らなくなるばかりか、最悪嫌われてしまうだろう。
戻って来るのは間違い無い。
ならば気が済むまで放浪させればいい。話はその時にするのだ。
バハムートは動揺することなく、凛々しい表情のまま…ただ帰りを待っている。
流石だと思うディーテだったが、実際にはクルデレという謎の習性が感情を制御しているに過ぎないのだが…
「巧妙に、緻密に罠を張るのだ。王妃として認めさせたくば錯覚させ操るのだ!そして、罠にかかったら逃げられぬ様に絡め捕るのだ!だが、捕獲したら優しく全身全霊で尽くすんだ!慢心したらダメだぞ!!」
予想外のバイオレンス発言にドン引きする一同を後目に、ディーテは最後に、こう言い放った。
男は犬と一緒。
餌を与えなければ噛みつくし、追いかければ全力で逃げる。しかし、全力で逃げると全力で追いかけても来る可愛い奴なのだと。
「「…………………?」」
しかし、最後の発言については理解出来た者も共感した者も居なかった。