第18話 仕事帰りの超悪魔アザゼル
太陽石という石が煌めく帰り道。
家路につく人や街を警備する兵士とすれ違う。
翌日の仕込みをしているのだろうか、店内で作業をしている人が目に入った。
私の職場は、コンビニエンスストアという業態の店舗で、オープンして今日で2日目が終わったところ。
私は、その店の責任者をしている。
私の家は、城の一室…今、その部屋へ帰る途中だが、店では今も作業が続いている。
この国の国王にして、私の主であるグルナ様と側近の犬の精霊ムックは、早朝から働いている私を気遣い早く帰してくれる。
しかし、敬愛すべき主の気遣いは、時に私の心に小さな波を発生させてしまう。
城に着き、就寝の準備をする私は此処が自分の居場所なのか、たまに分からなくなり何とも言えない気持ちに襲われる…
鏡に映る自分の顔を静かに見つめ、少しづつだが落ち着きを取り戻し寝室へ向かう。
部屋に入ると、薄らと優しく輝く太陽石の光に照らされた大きめのベッドが目に入る。
このベッドは、私の主グルナ様のベッド。
そう、私はこの部屋を自由に使い、寝泊まりする事を許可されている。
今日も、そのベッドの端の方で横になる。
城の中は静まり返り、部屋の中に聞こえるのは微かな風の音だけ。
横になって、どれ程時間が流れただろうか…
私には、もう何時間も時間が流れてしまったように感じられるが、実際には1時間程度だろう。
その時、部屋の扉がゆっくり開く音が微かに聞こえた…
慎重に、息を殺す様に開けられた扉の音は、私への気遣いを感じさせる。
部屋に入って来たのは、私の代わりに残っていた仕事を終わらせ、就寝の準備を済ませたグルナ様…
きっと、私は寝ていると思っている…
でも、私はグルナ様が帰ってくるまで起きていた。
そっとベッドに入り、彼は優しく私の頭を撫でる。
そして、静かに眠りにつく。決して私を起こさない様に。
その気遣いは、私の心に発生した小さな波を少しづつ大きくしていく。
彼には、地上世界に愛する奥さんが居る。
その奥さんが、少し前に言ったのだ。
魔界の王妃、その存在を認めると…
近々、魔界の王妃の座を賭けた戦いが起こるだろう。
だが、私は…
恐らく、その戦いには加わらない。
怖いから…
彼は、魔界の王妃は必要ないと言っている。
それなのに、勝手に争い、その争いに加わる事で嫌われてしまったらと思うと、とても怖いのだ。
今日も一緒に眠れる。この日常が失われそうで…
彼の寝息が聞こえてきた。
私は、そっと彼の胸の中に潜り込む。
温かく、心地よい香り…
もし争いに参加しなければ…もし誰かが王妃として彼に認められてしまったら…
私は後悔してしまうかも知れない。
でも、今は…この時間が壊れる方が怖い。
不意に引き寄せられた私は驚き、彼の顔を見る。
起きてはいない…
起きてはいないけど、私を抱き寄せる彼の腕は何時もの様にとても優しい。
寝言を言っているけど、とても小さな声で聴きとる事は出来ない。
奥さんの夢を見てるの?
優しく抱き寄せられる身体とは裏腹に、私の心の波は更に大きく畝りだす。
彼の顔が目の前にある。
私は勇気を振り絞り、唇を彼の唇に近付ける…
気付かれない様に、そっと彼の唇を奪った。
黒い瑞々しい果実の様な…とても甘酸っぱい、とても切ない気持ちと、彼を起こしてしまうのではないかと心配になるほどの胸の鼓動は、私の思考を出口のない深いトンネルへと引き込むのだ。
……………………………………………
2日目も無事に終わった。
俺は胸を撫で下ろし、店の鍵を閉めた。
少し寒くなって来たからだろうか…家路につく人々は少し足早に感じられる。
城に着き、湯船に浸かると一気に気が抜けてしまう。
此処で目を閉じれば、眠ってしまいそうだ。
髪を乾かし、寝室へ向かう。
もう、アザゼルは夢の中だろう。ドアノブを握る手に力が入る。
朝早くから頑張るアザゼルを起こさぬ様に…慎重に開けたつもりが、僅かに聞こえる金属の擦れる音。
ベッドに目を遣り、アザゼルが起きていない事を確認すると、同じく慎重に扉を閉めた。
太陽石の光を遮ると、紫の干渉色が美しく光る艶のあるアザゼルの髪を月明かりが照らしだした。
ベッドに入り、アザゼルをそっと撫でる。
転生した世界で初めて出会った悪魔アザゼル。
今では我が子の様な存在になった。
可愛い寝顔だ…
店長として店を運営して行く中で、大変な事も嫌になる事もあるだろう。
だが、少しづつ成長して乗り越えてもらいたい。
俺に出来る事は少ないかも知れない。
だが、出来る事は何でもしてあげようと思っている。
俺とディーテは愛娘の様に思っているがアザゼルはどう思っているのだろうか…主従関係なのだろうか…
ふと、そんな事を考えてしまったが、直ぐにどうでもいい事に気が付く。
俺達が勝手に思っていればいい。アザゼルは俺達の宝物なのだと。
そして、いつの間にか眠ってしまった。
アザゼルは頭の中では普通に喋っているつもりなのです(°д°)