第129話 魔王死す
頭の中で繰り返される言葉。
”私達は、旦那様に死んでいただきたいと思っている”
何故?
殺される理由は分からなかった。
だが、王位継承を急いだ理由は分かった。
旦那に早く死んでもらいたい妻達の思惑でしかなかったのだ。
グルナの思考は、記憶を遡り、様々な原因を並べていった。
平穏な日々もあった。
幸せな日々もあった。
だが、定期的に訪れる生命の危機。
その都度取ってきた、王として不適切な行動を取ってきたツケだろうか。
いや、それだけでは無いだろう。
家出をした事もあった。
妻達の機嫌を損ねて、家を追い出された(家に居ずらくなった)事も度々あった。
共に暮らす妻達は、我慢の限界だったのだろうか……
特に、地上世界を統べる魔王だった女神ディーテ、幻獣界の王だった竜王アリス。この2人からすれば、目に余る行動が多かったのかも知れない。
前世で社畜を経験し、婚約者にも逃げられ、最終的に過労死した地球での人生を経て、異世界に転生したグルナ。
転生後も大変だったが、思い返せば何と幸せな日々だっただろうか。
”もう少しだけ一緒に居たかったけど、これ以上は……俺には贅沢過ぎるよな……”
グルナは、ふとした瞬間、不安に感じていた事があった。
妻達の愛情に応えられているのか?と。
自分は、ちゃんと返せているのだろうか?と。
どうやら、グルナの不安は正しかった様だ。不満は蓄積していたのだ。
そう察したグルナは、命を差し出す覚悟を決める。
重複した結婚生活を後悔した事など無かった。
何より、今、この瞬間も妻達を愛して止まないのだから。
「……分かった。今までありがとう。
俺は、本当に幸せ者だ。これ以上求めるのは良くないな」
「覚悟は出来ている様だな//」
怪しい笑みを浮かべる妻達。
リリアは部屋の窓を開け放ち、外を指差した。
「投身か……手を汚させる訳にはいかないもんな」
「何言ってんの!さっきまで魔王だった男が、数百m程度の高さから落ちて死ねるわけ無いでしょ!!//
これを見なさいっ!!//」
アリスの指先から放たれた小さな火球は、窓の外へ。
そして、夜空へと登って行く。
ドンッ!!
爆発音が響き、少し遅れて夜空は赤く染まった。
魔界の大きな月も、美しい星々も消してしまう程の閃光と火花は、やがて、色取り取りの大輪の華となりサタナス国を照らしだしたのだ。
「これって……」
「だんな様!まだまだこれからですよー!//」
”心跳術式!!10尺玉の舞!!”
次々に打ち上げられ、夜空に舞う極大の花火。
”♡お・疲・れ・様・で・し・た♡”
「「からの〜!!//」」
”♡お・誕・生・日・お・め・で・と・う♡”
「「どや!♡//」」
自分の誕生日が何時なのか……転生した時は、既に二十歳前後の状態だったグルナ。
転生したてで、その日が何月何日だったかなど気にしている余裕は無かったので、誕生日は何時なのかを聞いてくる妻達には、漠然と”秋ぐらい?”と適当に答えていたのだ。
そんな適当な答えに、妻達は憤慨していた。
時期も適当、自分の誕生日には無頓着……
私達や子供達の誕生日は率先して祝おうとするくせに……私達ばかりキュンキュンさせるとはけしからーーーん!!と。
ある日、怒った妻達は会議を開き、勝手に誕生日を決める事にしたのだ。
魔界の住人なら、誰もが忘れる事の無い節目の日がいい!。
そして、秋頃と言うなら、そのタイミングで絶対に祝ってやる!と決まった。
そして、今日である。
よく見ると、城下町の広場には”クロエ様よろしくおねがいしますー”と”グルナ様たんじょうびおめでとう”と書かれた横断幕が掲げられていた。
「どうだ!キュンキュンしたか!//
キュンキュンし過ぎてキュン死するがいいっ!!//」
「ッッッッ!!?」
何故か崩れ落ちる魔王。
呼吸は荒く、苦しそうに胸を押さえているのだ。
「ディーテ教えてくれ、今まで不機嫌そうだったのは?」
「演技だ。かなり頑張った」
「アリス、窓から飛び去ってしまったのは?」
「キュンキュンしてる表情を悟られない為よ」
「リリア、形の悪い塩こんぶおにぎりは?」
「それは、毛サランがつまみ食いしたのよ。因みに、だんな様の思考操作はしてないわ」
「……ですよね〜」
”……俺が今まで悩んでいたのは一体何だったんだ”
彼の心に困惑と安堵が入り交じった時、心臓は停止した。
倒れ込むグルナだが、その表情は安らぎに満ちていたという。
「ん?なぁ、グルナの心臓止まってないか?」
「え?……やだ!止まってる!!!」
「ど、どうしましょう!ホントに死んじゃったわ!!」
「蘇生だっ!みんな蘇生するんだっ!!アワアワ」
慌てる妻達。
そこへ、クロエが乱入する。
「パパー!//誕生日おめでとう!//……
……パパ?……えっ!?息してないよ!!?」
サプライズで、目出し帽と迷彩服を装備し待機していた幹部や王族達も大慌てで蘇生を手伝うという大惨事となってしまった”新魔王と元魔王の誕生祭”であった。
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一夜明け、グルナの部屋には正座して謝る妻達の姿があった。
「グルナ、ごめんな」
「だんな様、反省してます……」
「私達は旦那様を喜ばせたかったの!!……ごめんね。
でも嬉しかったでしょ!?//」
「う、うん。俺が死にかけた事は忘れよ?
生き返ったし。
すごくビックリしたけど、嬉しかった。
でも、俺は普通で十分嬉しいからね?
例えば……仕事から帰ったらご馳走が準備してあって、みんなで食事をしてケーキ食べて……その位、こじんまりした感じで十分嬉しいからね?オケ?」
心臓に悪過ぎる妻達に、グルナは切にお願いした。
次回は、言われた通り普通にすると約束した妻達は、少し遅れたが誕生日プレゼントを出てきた。
例の魔力増殖炉である。
「何これ……魔力が湧きまくってるけど」
「これはな、……こんな感じで……ゴソゴソ
こうやって使うといいって、ゼウスもアンラ・マンユも言ってたぞ?」
「へー、そんな使い方があるのか」
「うん。好きに使ってくれ//」
(なるほど、そういう風に使いなさいって事ね……)
術式の書かれた紙を渡し、遠回しに使い道を指定したディーテは部屋に戻った。
そして、予定通りに事が運びそうだと、アリスとリリアに報告する。
「多分だが、私達の思惑通りになるぞ。
グルナは仔犬みたいなもんだからな。楽々だ//」
「やった//」
「じゃあ、私達も準備を始めましょう//」
妻達が荷造りを始めた頃、クロエの部屋にオリオンが訪れていた。
「なぁ、あの話は本当か?」
「パパ次第だけど、多分そうなると思う……」
「そうか」
”あの話”とは、2人にとって、あまり良い話では無い様だ。
また妻達が何か企んでいるのだろうか。
部屋の空気は、すっかり重くなってしまった。
「私達が口出しする事じゃないわ。
それよりオリオン?」
「ん?」
「カーラにチューされてたね//」
「…………。クロエ、今その話は」
逃げるオリオンに、クロエは質問する。
「ねぇ、チューってどんな味?//」
「…………」
「”お前達は、普通の幸せを知るのだ”……もう教えてあげちゃった?//それとも……オリオンが知っちゃった?//」
「殺せ……いっそ殺してくれ!!」
オリオンを弄り、両親の件を考えない様に気を紛らわすクロエ。
魔界では、新たな支配者の誕生と、父の誕生日を祝う宴が行われているいうのに、何故か気分は沈んでいるのだ。