番外編 異世界転生
魔王が引退前にしたかった事の1つ。
本編にはあまり関係ありません。
1人の女性が、明るい森の中で目覚めた。
僅かに頭痛があるものの、他に不調は無い。
「ん?……此処は?」
彼女は、自分が何処にいるのか分からず困惑したが、森の中を彷徨いながら記憶を辿る事にした。
森を彷徨っていると、馬の足音が聞こえて来た。
自分が何者かさえ分からない彼女は、咄嗟に大きな木の幹に身を隠す。
何とかやり過ごせると思っていたが、その気配は彼女が隠れた木の横で止まったのだ。
「隠れる必要は無い。出てくるがよい」
「!!?」
木の葉が風に揺られ、触れ合う音のみだった森に、低い声が響き渡った。
恐る恐る姿を現す女性に声を掛けたのは、重厚な漆黒のフルプレートアーマーを纏う大男。
兜の奥に揺らめく蒼い瞳の様な光。その大男が人ではないと気付く。
駆る馬もまた攻撃的なバーディングを装備しているから驚かない筈がない。
「きゃぁぁぁ!!」
彼女は、必死で森の中を逃げた。
後ろを振り返る余裕などある筈もなく、気が付けば森を抜け、大きな川に出たのだ。
焼ける様な喉の渇き。
彼女は、水を飲もうと川岸に近付く。
(なんて綺麗な川……)
澄み渡る川の水を口に含み、少し落ち着いた彼女は、水面に映る自分の顔を見て思い出した。
「……私は、死んだはず」
持っていた護身用のナイフを、自ら心臓に突き立て、確かに命を絶った筈。
しかし、あるはずの胸の傷は無かった。
「夢……を見ていたのかしら」
しかし、もう1つ思い出した事があった。
城の様な、豪華な部屋に居た銀髪の青年に言われたのだ。
”お前は死んだ。だが、新たな人生をくれてやる。
新たな人生は、後悔の無いよう生きるがいい”
その青年は、誰なのか。
思い出そうとするが、その断片的な記憶しか思い出せない。
川沿いを暫く歩くと、橋が見えた。
橋を渡っている馬車を見た彼女は、大急ぎで駆け寄るが、直ぐに違和感に気付く。
その馬車は、馬2頭で引いていたのだが、馬が普通ではなかった。
足が8本の猛々しい馬。
「!!?」
驚くのも無理はない。何せ馬車を引いているのは”軍馬 スレイプニル”という現実には存在しない筈の馬なのだ。
馬車は停り、中から現れたのは身長190cm以上、体重120kgは有ろう逞しい若者。
しかし、額には角が生え、先程の騎兵同様に人外である。
恐怖を感じ、後ずさる彼女に追い討ちを掛ける様に、背後から低い声が響いた。
「安心するがいい」
「!!?」
腰を抜かし座り込む女性を、半ば強引に馬車に乗せ移動し始めた。
(……良くて奴隷。もしかしたら殺されてしまうのかも知れない)
不安に襲われる彼女に、上杉と名乗った鬼が話し掛ける。
「もう時期、城に着く。
女王と王子がお待ちだ」
何処なのか未だに分からないが、少なくとも直ぐに殺される事は無さそうだ。
馬車に揺られる事20分程。
小高い丘に見えたのは、散りばめられた宝石の様に美しい家屋。
見渡す限りの青い海、拓けた平野部には大きく立派な城と城下町が見えて来た。
緑に溢れ、まるで森と共生しているかの様な美しい街並みに、彼女は息を飲んだ。
「なんて美しい所なの……」
「この世界は、地上世界と呼ばれている。
そして、この国はネモフィラ連邦国という国だ」
彼女は何かを思い出しそうになるが、記憶では無く、忘れていた頭痛を再び感じ始める。
城に着き、王の間へ通された彼女を待っていたのは、ネモフィラ連邦国の女王ディーテ。
それに、王子のラクレスだ。
「シンデレラ、久しぶりだね。
体調はどう?」
ラクレスの問い掛けに、戸惑うシンデレラ。
まだ、自分の名前さえ思い出せない。
「……シンデレラ?」
戸惑うシンデレラに、ディーテは言うのだ。
「まだ記憶が戻ってないのか。生前、お前はラクレスと戦い、そして嘗ての自分を取り戻した」
「嘗ての?」
「そう、透き通った硝子の様な……繊細で一点の曇りもない心を持ったシンデレラに戻ったんだ」
「戻った?では、戦う前は?」
「罪深かったぞ?極悪人だ」
「…………」
「そして、嘗ての自分を取り戻したお前は、耐えられず自ら命を絶ったんだ」
「…………」
少しづつ。
水面に昇ってくる泡の様に、少しづつ思い出される記憶。
「私は何と罪深い人間なのでしょうか……」
「その通りだ。お前はとんでもない大罪を犯した。その中でも、最も罪深いのは自ら命を断つという行いだ。大罪だぞ?」
「!?」
「……だが、お前は異世界に転生し生まれ変わった。
過去を背負い、前を向くのだ。
二度とその心を傷付ける事無く生きよ」
黙り込むシンデレラ、まだ状況が理解出来ていないのだろう。
そんなシンデレラを、ディーテは城の外に連れ出した。
「何故、私を生き返らせたのですか?」
「ん?私も手伝ったけど、言い出したのは魔界の王だ」
「魔界の王?」
「純粋な心故なのか、波乱に満ちた人生を送ったシンデレラ。
それを不憫に思った魔王という名の神。
その神の目に、お前は留まったんだ」
「…………」
「まぁ、その神は私の旦那なんだがな//
家は用意してあるぞ。ラクレス、案内してやってくれ」
女王ディーテに見送られ、城を後にしたシンデレラは、ラクレスと共に城下町を歩く。
行き交うのは、人や亜人だけではなかった。
魔物や精霊も居るのだ。その様子を興味深く眺めるシンデレラは、ラクレスに質問する。
「この世界には争いは無いの?」
「昔は有ったみたいだけど、僕が生まれた時には平和な世界だったよ。みんな仲良く暮らしてる」
ラクレスは、嘗て起こった悲劇を話した。
人間と魔物の戦い。そして、地上の統治権をを賭けた魔王と神々との戦い。
「繰り返してはいけない過去だよね」
その言葉に、深く頷くシンデレラ。
やがて、2人は露店が建ち並ぶエリアに入った。
「ここは?」
「賑やかでしょ?観光客が食べ歩きしたり、朝は忙しい人が朝食を済ませたりする場所なんだ」
「すごい人、スリに遭ったりしない?」
どこの国や世界でも、スリや犯罪に巻き込まれたりするだろう。
しかし、ネモフィラ連邦国では心配無用だと聞かされる。
「シンデレラが最初に出会った暗黒騎士……って名前の重装備の騎兵と、犬の精霊ムックの分裂体がパトロールしてるから、みんな安心なんだ」
ふと、看板が目に入る。
その観光客向けの看板には、こう書かれていた。
・踏まないように
・イタズラをしないように
・家に連れて帰らないように
ムックと思しきシルエットのイラストと、そう書かれていたのだ。
何と平和な世界なのか、シンデレラはそう思った。
城下町を抜け、森の中を少し歩くと洞窟に着いた。
そこは、毎年大勢が結婚式を挙げる洞窟教会。
上部には十字架の様な穴が空き陽の光が射し込む。壁面は優しく光る不思議な鉱物で彩られ、とても神秘的な空間だ。
「ここで挙式なんて、すごく素敵ね」
「シンデレラも、その時は是非ここで式を挙げてね」
洞窟を出ると、ラクレスはシンデレラに質問した。
それは仕事についてである。
「何か、してみたい仕事とかある?この国には、色々な職業があるよ」
「この世界には、孤児は居るの?」
「?……居るよ。両親を早くに亡くしてしまった子供達や、不幸にも捨てられてしまった子供達」
「私、教会で働きたい」
「うーん。実は、この国には教会が無いんだ」
「え!?」
シンデレラは少しガッカリしているが、家へと向かう2人。
少し丘を登った所にシンデレラの家が用意されていた。
丸く青い屋根、白い外壁……何とも可愛らしい家であった。
しかし、どう考えても1人で暮らすには大き過ぎる家だ。
10人……いや、20人で住んでも部屋が余る。
「ねぇ、ラクレス?私一人で住むのには勿体無い家だと思うわ」
「うん、確かに。じゃあさ、ここを教会にしたらいいよ!」
「え?」
驚くシンデレラは、その家の構造に気付いた。
建物に入ると、そこは採光塔と礼拝堂があり、更におくには、シンデレラと身寄りの無い子供達の居住スペース。
家の表には広々した庭が有り、裏手には菜園が有った。
「何でもお見通しなのね……」
その後、シンデレラは洞窟教会の司祭も務め、新たな旅立ちを祝福し、丘の上の教会では数多くの身寄りの無い子供達を立派な大人に育て上げた。
生涯、結婚する事は無かったが、ネモフィラ連邦国の聖母として歴史に名を刻んだのだった。
「魔王よ、お前は本当にお節介な奴だな」
「まぁな」
アンラ・マンユの言葉に、魔王は微笑んだ。
魔王が即位式の準備に追われる中、地上世界でも即位式の準備が着々と進んでいた。