第124話 有資格者 後編
剣を極めたベレトに対し、帯刀し同じ土俵での勝負を仕掛けたクロエ。
踏み込むクロエに、想いの全てを載せたベレトの斬撃が迫る。
陽炎の様に、クロエの周囲の空気が揺らめく。
膝を抜き、それを置き去りにする程の加速を生み出すクロエの踏み込み。
「…………」
眉一つ動かすことなく見据えるベレト。
互いに、剣を鞘に仕舞ったまま始まった死合だが、十分な溜を作っているベレトが有利だ。
一瞬の間も無く、ベレトの間合いに入り込むクロエは、今まさに抜剣しようとしている。
しかし、動じないベレト。
クロエ自身の骨格と太刀は見事に一体化し、1つの動作で全てが完結する圧巻の斬撃。
それに合わせるのは、クロエの踏み込みを遥かに凌駕する速力で放たれる一閃の一文字。
両手持ちの斬撃に比べ、些か殺傷能力で劣る片手の一振……しかし、それを補って余りある速力を持った一閃を、ベレトはクロエに向けて放った。
”もし、クロエ様が地に伏せる様ならば……私も自害する”
”後の先”
クロエが攻撃に転じる気配……その起こりを、動作が始まる直前に察知する予知能力。
鞘から引き出される刀身は、内部を一切擦る事無く、無音。
速く、そして伸びやかに。
まだ、抜剣しきらないクロエの首筋に、己の全てを載せた刃を通すのだ。
一方、クロエの脳内には”大天使”の声が響いていた。
”瞬発力を調整。
視野の鈍足化補正完了。
魔王グルナを再現”
”赤銅月の瞳”が真円を描き、強く発光する。
ベレトの”後の先”を上回る。
”後の先の……更に先”
先程まで、思い描く刃の軌道上にいた筈のクロエは、ベレトの懐に潜り込んでいた。
(なっ!!?)
砕ける鎧と肋骨。
抵抗するのも馬鹿馬鹿しく思える程の力で弾き飛ばされるベレトは、魔王との模擬戦を思い出していた。
繰り出す攻撃は、発射前に尽く潰され……待っているのは、死を予感させる逆襲。
”クロエ様……貴女は、紛れもなく有資格者です”
壁に叩き付けられ、最早、指を動かす事も出来ないベレト。
勝負ありだ。
「クロエ。見事だ」
賞賛する魔王の言葉に、勝ち名乗りを挙げるでもなく、ただ、倒れ伏すベレトを見つめるクロエ。
「ママ、水の精霊貸して」
「フフっ、何か懐かしいな」
グルナが転生した初期の頃を思い出し、微笑むディーテ。
「私に、このクソ野郎の治療をさせるつもりか?」
相変わらず口の悪い水の精霊も当時のままだ。
水の精霊は、渋々ベレトを動ける程度に治療し、何処かへ行ってしまった。
「クロ…エ様。いえ、次期魔王…様。
お見事…でした」
息も絶え絶えだが、太刀を仕舞い、右の膝を着きクロエの前で跪くベレト。
クロエはベレトの太刀を引き抜き、剣身にキスをし鞘に戻した。
「代が変わっても……引き続き、魔王の右腕として剣を振るいなさい」
「仰せのままに」
続々と、クロエの前で跪く幹部達。
その様子を見て安心した魔王は、即位式の準備を指示し、邪神界へ向かうのであった。
「クロエは魔王に成りたいそうだ」
「良い報せだ。オリオンは何と?」
「構わないそうだ。御伽の国に移住するかも、と言っていた」
その後、クロエの一連の行動について、創造神アンラ・マンユに報告する魔王。
ムックの記録映像を確認し、大絶賛した。
「クククッ。素晴らしいではないか!!
お前の放った”神月”を彷彿とさせる見事な斬撃だ!!」
「峰打ちだったが、ベレトは瀕死の重症だもんな」
「文句は無いぞ。日程は決まっておるのか?」
「来月の最終週、土の日だ」
「お前の代までは放置していたが、今回は魔界の支配者の証を用意してやろう」
「ありがとう。
じゃあ、そろそろ戻るよ。引退前に片付けないといけない事が色々あるからな」
魔界に戻った魔王は、忙しく即位式の手配を始めていた。
そこへ、神妙な表情の王妃達がやって来たのだ。
「旦那様。即位式の日、私達から大切な話があります」
「大切な話?分かった。式の後、宴が始まる前に聞こう」
暗殺計画など知る由もない魔王。
即位式の事で頭がいっぱいだったのだろう、魔力が底を尽き少し窶れた様子の妻達に気づくことはなかった。
次に執務室に入ってきたのはクロエであった。
何やらモジモジしていて可愛らしい。
「ねぇ、パパ」
「ん?どうした?」
「私、パパの椅子貰ってもいいのかな?」
「新調しなくていいのか?結構年季入ってるけど……」
「しなくていいっ!!ちょうだい!!//」
新調した方が良いと思うも、気に入っているのならと椅子はそのまま使わせる事にした魔王。
「あの椅子が欲しいのは、後ろからムックが出て来た思い出の椅子ってのもあるけど、それだけじゃないの。あの椅子は、願いを叶える椅子だからなの」
「願いを叶える椅子?」
「パパは、みんなの願いを沢山叶えたでしょ?でも、それはパパが願いを叶えてあげたいって思ったから叶ったんだと思う」
「…………」
「だから……私も、ルールも摂理も運命さえも捩じ伏せて、誰かの願いを叶えられる魔王になりたい//」
少し照れながら理由を明かし、その表情を隠す様に、魔王に抱きつき離れないクロエの頭をそっと撫でる魔王。
クロエなら、そんな魔王に成れると思うのであった。
後継者も決まり、即位式の準備に励む魔王。
それと同時に、やり残した事を片ずける魔王は、思い切って異世界転生にチャレンジするのであった。