第123話 有資格者 前編
喫茶店で悩んでいた魔王だが、答えが出るわけもない。
王妃達が、王位継承を急ぐ理由など見当も付かないからだ。
(はぁ……どうしたらいいんだ)
「パパ?やっぱりパパだ//」
「ん?」
クロエの声で、ふと我に返る魔王。
気が付くと、時刻は15時だった。
「ちょっと考え事してた。クロエは誰かと待ち合わせか?」
「ううん、ムックとデートだよ//」
「そうか、ムックが羨ましいよ……」
何時もなら、ニコニコしながらも威圧を全開にする父が、酷く落ち込んでいる。
クロエには、そう見えた。
「じゃあ、パパも一緒にデートしよ//」
魔王の腕に抱きつき、肩に寄り掛かるクロエ。
瞳を閉じ、そっと呟いた。
「パパ?私はパパの力になりたい。
いつも助けてもらってばかりでしょ?
親孝行したいの……」
腕組みからの上目遣い……
最早、平時の魔王なら気絶してもおかしくない程の破壊力。
しかし……
「クロエ、ありがとな。その気持ちだけで十分だ」
(こんな可愛い娘に、いきなり魔界の支配者という重責を背負わせるなんて……そんなの無理だ)
今日のパパはチョロくない……
(おかしい……きっと、とんでもない事で悩んでるんだわ。それは恐らく、ママ絡みね)
どの世界でも、女の勘は鋭い。
上目遣いでも落ちない魔王に対し、第2の手段を使うクロエ。
「パパ!考え事って何!!?白状しなさいっ!!」
魔王の頬っぺを抓りながら、迫るクロエ。
そのあまりの気迫に、客は続々と退店し、魔王は重い口をひらいた。
「実は、来月中に王位を継承して欲しいとママ達が言ってるんだ」
「……王位継承?誰に?」
「現状、クロエが最有力なんだ」
「!!!!??」
頬が千切れるのではないかという程、強く抓っていた手の力は抜け、ゆっくりとテーブルに顔を伏せるクロエ。
その姿を見て、魔王は頭を抱えた。
(言わんこっちゃない……折角、元気になったのに……)
「パパ……」
「クロエ、大丈夫だ。パパはママ達を何とか説得するからな」
「そうじゃないの……私、魔王になっても良いの?」
「ん?どういう事?」
僅かに魔王の方を向いたクロエ。
赤く光る”赤銅月の瞳”は、心が高揚している事を知らせている。
「私、魔王になりたい……//」
「!!?」
”赤銅月の瞳”を輝かせるクロエを見て、魔王が思ったのは……
魔王になって何するつもりなんだ?であった。
「なぁ、クロエ?本気か?」
「本気よ。その前に示さないといけないわね」
そう言うと、クロエは幹部達を王の間へ集める様、魔王にお願いしたのだ。
何を示すつもりなのか……。そう思いつつも、魔王は幹部達を集めた。
「グルナ様。緊急の招集ですが、またサタナス国に歯向かう愚か者が現れたのですか?」
御伽の国から緊急帰国したベレトが問う。
「いや、今回集まってもらったのは王位継承について話をする為だ。そう遠くないと前回は言ったが、少し……いや、かなり早まりそうだ」
「……かなりと言いますと?」
「……来月だ」
「「なっ!!?」」
絶句する幹部達。
王妃が一枚かんでいるのだろう。そう思うと同時に、前回の話で魔王が言った言葉が脳裏を過る。
”直系だろうが平民だろうが関係無い。
強けりゃいいんだよ。仕えるも良し、下克上するも良し……だ”
押し黙る幹部達に、クロエが言い放った。
「私が、三代目の魔王として魔界に君臨するわ。世襲制じゃないわよ?文句のある者は、今、この場で名乗りを挙げなさい」
「「…………」」
沈黙を守る幹部達。
魔王は、ただ成り行きを見守っている。
「ベレト。貴方は文句が有りそうね……
命令よ。この場で私と死合なさい」
騒めく幹部達。
騒然とする中、ベレトは立ち上がった。
「……お望みとあらば」
静かに……しかし、空気が歪む程の闘気を纏い太刀を抜き放ったベレト。
王女に対して刃物を向けるなど、決して許される事ではない。
しかし、死合えと言う命令に従わない訳にもいかない。
懲罰に処されるだろうが、死合いを辞退するという選択肢はあった。
しかし、彼が辞退しなかったのは文句が有った訳では無く、ただ自分の役目を果たす為なのだ。
魔王の背中を追いかけ、更なる高みへ至ったベレト。
魔界の支配者とは、目指すべき者であり、心の拠り所であり、畏怖すべき者であり……挙げれば、枚挙に遑がない。
自他共に認める魔王の右腕であるベレトだが、仮に魔王になったとしても力不足。
そんな、ベレトに敗れる様な者なら尚の事である。
(クロエ様。私に圧倒的な力の差を見せつけたなら、誰もが新たな魔王として認めるでしょう。
しかし、僅差……若しくは、敗れる様ならば……)
魔王は、ベレトの思惑に気付いていた。
(恐らく、ベレトは本気で斬りにいくだろう。
そして、0か100を期待している。
どちらでもなければ……)
王の間には、王妃達も訪れた。
止める気配は無く、ただ、魔王と同じく見守っているだけだ。
緊張感が高まる王の間に、クロエの声が響く。
「ベレト。本気で行かせてもらうわ」
その言葉に、太刀を鞘に仕舞い身構えるベレト。
打ち抜きの一閃に、全てを載せて放つつもりだろう。
「ベレト、改めて言うわ。本気で行かせてもらう」
クロエの腰に漆黒の太刀が顕現するや、部屋に居る者達を重い空気が襲った。
光る”赤銅月の瞳”
解放された瞳の力は、衰退の効果を撒き散らしていたのだ。
「何だこれは……!!」
まるで重油の中に放り込まれた様な……。
動揺する幹部達。
纏わり付く重い空気は、動きを制限するだけに留まらず、抵抗出来ない者の魔力を奪い始める。
「抵抗出来ない者は、私の前に立つ資格は無い」
抵抗出来たのは、魔王と王妃……そしてベレトだけであった。
「…………」
鋭い眼光で、クロエを見据えるベレト。
仕掛けたのは、クロエだった。
負けてやるつもり等微塵も無いベレト。
間合いに入ったクロエに、容赦無く必殺の一閃を見舞う