第120話 裏切りのレーヴァテイン
セレネの頭上に迫る魔剣。
それは、巨大な橋が崩落してくるかの様に、その視界を埋め尽くす。
ぶつかり合う”究極の盾”と”世界を滅ぼす魔剣”。その接点に掛かる圧力は上昇を続け、魔剣が発する熱波に、周囲の森は焼け、大地は乾燥し罅割れた。
「この防御を抜ける者が、この世に何人も居てたまるかっ!!」
更に強度を上げる破邪の盾。
しかし、その接点には更なる圧力が掛かり、やがて罅が入った。
「くっ……馬鹿な!”破邪の盾”が悲鳴をあげている!」
小さな罅は、やがて大きな亀裂となり……
遂には砕けた。
落下した魔剣は、轟音を立てて大地を砕き、触れるもの全てを滅した。
しかし、最早、絶体絶命と思われたセレネは生きていた。
「お義母様!?」
「セレネ、それ以上傷物になったら嫁に行けないよ?」
「はい!お義母様!!//」
アリスは、魔剣の直撃を免れたアポロンに防御結界を張り、間一髪のところでセレネを救出したのだ。
その頃、魔法陣は光り輝き、発動が近い事を知らせていた。
誰もが一刻も早い発動を願ったが、それより先に、既存の封印が破られそうだ。
火山の亀裂を更に押し広げようと、内側から、もう片方の手が山肌に掛かった。
「グルナ!阻止しろ!!」
ゼウスが叫んだ。
「マジかよ、加減が難し過ぎるだろ!!」
「旦那様!私が行くわ!!」
一歩間違えれば既存の封印が解けてしまうのだ。
アリスは竜化し、魔剣を持ったスルトの腕を抑えに掛かる。
(なんて馬鹿力なの!!?こんなのが解放されたら誰にも止められないじゃない!!)
竜化したアリスの腕力でさえ、スルトの片腕に翻弄されるのだ。
アリスは、魔王には申し訳なく思うも、スルトの封印が解けたら、異世界の者全員を強制的に帰還させる様、アンラ・マンユに頼もうとしていた。
炎に包まれた顔と怪しく光る目が、火山の裂け目から外界を覗いている。
腕を抑えるアリスと目が会うと、スルトは”玩具”を見付けた子供の様に微笑んだ……そう見えたと、後にアリスは語る。
「グルナ!腕が邪魔で発動出来ねぇ!!何とかしろ!!」
「嘘だろ……分かんねぇよ!!どうしたらいいんだよっっ!!」
物理魔法無効。
対神耐性
そんな怪物を閉じ込める封印は、いつ吹き飛んでもおかしくない状態だ。
「もういいっ!!引きずり出して弱らせてから封印だ!」
「馬鹿野郎かっ!!コイツを弱らせて封印するのに、ヴァルハラを創らないといけないぐらい大勢が死んだんだぞ!?」
「あ!?このままじゃジリ貧になって”当時”を上回る最低最悪な結果になるだろうがっ!!余力が有るうちに仕掛けるっ!!一般の兵士は避難しろっ!!」
ゼウスの制止を振り切り、雷霆の能力を全開にする魔王。
今まさに、火山の裂け目に特大の一撃を見舞おうとする魔王を止める声が響いた。
「父さん!待ってくれ!!」
オリオンであった。
「これを見付けたんだ!!
レーヴァテインかも知れない!
でも、違うかも知れないし、本物だったとしても効果が無いかも知れない」
「……試す価値は有るな。
もしダメだったとしても、心配するな。
俺達がいる。
お前を、ケチで染みったれな神にはしない」
そう、この人は。
俺の父親は。
魔王だ。
勢いよく飛び出したオリオン。
目指したのは、母アリスが抑えるスルトの腕。
「その物騒な物をしまいやがれっ!!」
微かに光るレーヴァテインと思しき手甲をはめた腕で、渾身の力を込めて打ち下ろしたメイスは、スルトの肘を分断した。
その様子を見た神々は、言葉を失ったと言う。
本物だったのだ。
嘗て、ロキが後悔と焦燥の嵐の中で完成させた”対スルト用”の武器 レーヴァテイン。
それは、誰が持っても扱える様にと、手甲の様な形状にし、発動される効果は”裏切り”
物理魔法無効と対神耐性という、絶対的なアドバンテージを覆す”それを与えた生みの親による裏切り”だったのだ。
鼓膜を劈く叫び声を上げ、上腕を火山の中に戻したスルト。
すかさずゼウスが叫んだ。
「発動するぞっ!!」
薄く赤い光が天空まで伸び、火山の中腹に開いた巨大な穴を埋めて行く。
やがて、麓の穴も徐々に塞がれていった。
誰もが戦いの終わりを感じ、持ち堪えた満足感に浸たろうとしていた刹那、スルトは最後の足掻きを始める。
塞がりかけた麓の洞窟、穴という穴からマグマの如く終末の兵士が溢れ出して来たのだ。
一体、何百万体居るのだろうか。
その途方もない数は、精も根も尽き果てた者達に絶望を与えるには十分過ぎた。
まともに動けるのは、何名だろうか。
「くっ……もう魔力が」
絶望を感じてはいるものの、戦士としての……いや、魔王軍としての誇りが身体を突き動かす。
「お前達!存分に借り受けろっ!!」
”可能態干渉術式”
麓で戦う者達へ、魔王から最大限の力がギフトされた。
滝のような汗を流し、跪く魔王。
それもそのはず、魔王が貸し出したのは、自身の魔力99%と雷霆の能力だ。
最早、死んでもおかしくない程の力を配下に渡していた。
一時的に貸し出された”神の能力”は、配下に恐怖を感じさせ程の破壊の力を齎し、瞬く間に終末の兵士を蹂躙していく。
辺りで雷鳴が響き渡る中、戦うでもなく、魔王の方へ歩き始めたアリス。
術が解けるまでは、貸し出した力は戻らない。
回復させる事も出来ないアリスは、ただ、そっと魔王に寄り添った。
”貴方は、王としては最低だけど……
旦那としては、誇りに思うわ”
やがて夜が明け。
火山の麓、そこに立っていたのは異世界の戦士達であった。
危機を乗り越え、互いの無事を喜ぶ戦士達。
しかし、魔王だけは危機を脱していなかったようだ。