第118話 月と太陽を喰らう者
ひたすらに、撃ち込む。
雷霆を纏う拳で、移動する心臓を最小限の動きで確実に撃ち抜く。
魔王の、神業と言っても過言では無い”正確無比な刻み突き”は、ゼウスの周囲に群れていた数千の終末の兵士を壊滅させ、死骸の山を作り上げていた。
魔法なら、多少は手こずったのかも知れないが”神の能力”は、雑魚には相当有効の様だ。
「ゼウス!順調か?」
「あぁ、綻びが小せぇからな!
それより、次の客が来たぞ!」
現れたのは、全長30m以上は有ろうかという魔狼。
巨大な体躯には似つかわしくない、重量を感じさせない軽やかな身のこなし。
そして、人語を操る知能がある。
「我が名はハティ。月を喰らう者なり」
「おやおや、湧き出してくるのは単細胞ばかりかと思っていたが、脳ミソの入ってる奴も居るんだな」
「…………」
「お前の命は間も無く尽きるだろうが、名乗ってやろう。
我が名はグルナ。
魔界を支配する者なり」
「クックック……まさか魔王が現れるとはな。一戦交えてみたいと思っていたところだ」
「願いが叶って良かったな。どうでもいい話なんだがな、俺の娘は”月の力”を操るんだ……」
「……?」
「父親として”月を喰らう者”を生かしておく訳にはいかんよなぁ……」
魔王。
それは、膨大な魔力を持ち、強力な魔法を操る魔界の支配者。
魔狼ハティは、その程度の認識だった。
確かに、先代の魔王であるサタンなら、その認識でいいのだが。
殺意を剥き出しにする超危険人物に、ハティは不覚にも牙を剥く。
「魔王よ。魔法は通用せぬぞ!!」
大きく開いた口……
まるで、名刀を何十本も仕込んだ拷問器具の様な”それ”が、目前に迫っていた。
クックック。丸呑み……いや、噛み砕いて味わうのもいい……
その願望は、どちらも叶う事はなかった。
上顎の一際長い犬歯を鷲掴みし、下顎を踏みつける魔王。
文字通り、開いた口が塞がらないハティに、魔王の魔法が放たれる。
「ァァガァ!!?」
「毛に魔法無効が付与されてる可能性があるな……だが、口の中はどうなんだ?
これは、早急に調査しなくてはならんな」
「!!!?」
”神の槍撃”
魔力の高まりと共に姿を現したのは、AGM-84c対艦ミサイルに酷似した物体であった。
「懐かしいな。昔、コレでミダスって奴が造った戦艦を沈没させてやったんだ。
喰らってみろ。死ぬほど美味いぞ」
「!!!?」
喉の奥深くに撃ち込まれた魔力の塊は、上顎と下顎以降を跡形もなく吹き飛ばす。
嘗て、ミダスと敵対していた頃に放った”神の槍撃”だが、当時とは威力が別物であった。
まるで、光の速さで膨張を続ける宇宙の様に強くなり続ける魔王の力と正比例し、その威力も上昇を続けているのだ。
最早、それを魔法と呼んで良いのか疑問に感じる程に。
「おい、ゼウス!口の中は、有効だったぞ!」
満足気な魔王を横目に、ゼウスは思った。
”そうじゃねぇだろ……お前バカなの?”と
…………………………………………………
その頃、オリオンは、火山の中腹から麓へ移動している狼を発見していた。
火山から離れる様に移動する魔狼の前に、魔界の王子オリオンが立ちはだかる。
「見付けたぞ。ワン公」
「そこを退くがいい。我の邪魔をするな」
「いや、邪魔させてもらうぞ。俺は、神託を授かって此処に立ってるんだからな」
「神託とは……愚かな童よ」
「通りたくば、全てを駆使して踏みにじればいい。
もっとも、俺に通用するかは分からぬが……クククッ」
不敵な笑みを浮かべるオリオン。
「良かろう……我が名はスコル!”太陽を喰らう者”なり!」
「我が名はオリオン……魔界の王子だ」
オリオンの影から現れる凶器。
それは、前方に差し出した手に、引き寄せられるように移動した。
”神撃の戦棍”
高純度の神の金属を鍛えた装備には、自身の能力を引き出し、纏わせる事が出来る。
そのメイスが、本日纏ったのは
未だ目覚めぬ”暗黒竜の片鱗”
「貴様!竜神族かっ!!」
「気付いた所で、一体どうなると言うのだ?」
目前に迫る、魔狼の裂撃。
「む”んっ!!」
オリオンが放ったのは、迫り来る前足の爪を指骨諸共粉砕する、メイスのフルスイング。
何が起こったのか理解が追い付かず、ただ大破した前足を見つめるスコルに対して、舞い上がり追撃の一撃を見舞うオリオン。
「ゴォブァッッ!!」
砕け散る腰椎と大地。
オリオンの体格からは想像も出来ない程の”重さ”は、まさに神竜と呼ばれる最強種の無限とも思える腕力そのものであった。
「ワン公。魔界の太陽は食った事があるか?」
「ゼェゼェ……?」
メイスの先端に現れる、赤黒い小さな球体。
それは、暗黒竜のブレスで創り出した魔界の擬似太陽である。
何かが、とてつもない力で圧縮されているのだろうか。
辺りには、壊れたスピーカーの様な強烈な高音が響いていた。
「食って無効化してみろ」
瀕死のスコルの口から侵入し、強引に体内に入った擬似太陽は、徐々に熱を放ち始めスコルを内側から焼き尽くした。
「ん?これは……」
スコルの焼け跡に転がる、手甲の様な金属製の物体をオリオンは見付けた。
(まさか、これがレーヴァテインか?)
背後に気配を感じ振り返ると、そこには世界の意思が立っていた。
「丁度よかった。これは何なんだ?レーヴァテインか?」
「分かりません。完成したレーヴァテインを見た者は居ないのです。それが剣なのか槍なのか……そもそも武器なのかさえも」
オリオンは、その手甲に腕を通した。
「何を感じますか?」
「……破壊と裏切りだ」