第114話 終末の兵士
買い物から戻ったアリスを、リリアは抱きしめた。
「もう少しなのよ?気をしっかり持って!」
「わかってるわ……でも、今回はホントに危なかった」
未だ残る余韻に浸りながらも、流されてしまわない様に耐えるアリス。
2人は、何とか夕食を作り終えたのだ。
魔王城で……いや、夫婦で食べる久しぶりの夕食。
壁ドン直後、敵襲と勘違いした兵士達が大騒ぎしていた様だが、最早他人事だ。
夕食の最中、アリスもリリアも”普通”だ。
しかし、この”普通”が俺の心を波立たせる。
あれほど怒っていたのに、ここまで態度が変わると何か分からないが疑ってしまう。
その日の夜。
俺は、久しぶりに自分の寝室で寝れる事になった。
寝れる事になったと言うのも変な話だが、妻達に部屋で寝ていいかを確認してしまったのだ。
「旦那様、何言ってるの?」
「逆に、私達は一緒寝てもいいですか?」
勿論、こんな感じで変な空気になってしまった訳だが。
一体どうしてしまったんだ……俺は。
……………………………………
真夜中の御伽の世界。
王の間で、一人思いに耽るオリオン。
おかしい……どう考えてもおかしい。
この国の戦力、その要は、恐らくベレトが始末した”森の貴族ハンス”とその騎兵隊だろう。
一般の兵士も大勢居たが、脅威度で言えばクロエの始末した桃太郎と鬼の軍勢の方が……
(では、何故この国が覇権を手にしていたんだ?)
魔女の思考操作は強力だったそうだが、解除出来ない程ではなかったらしい。
ならば、別の何かが……
……王女達に聞いてみる方が早いかな。
王女を呼び、話を聞こうとしていた時、大慌てで部屋に兵士が入ってきた。
「何事だ?」
「オリオン様!敵襲です!
正体不明の生命体が駐屯地で暴れています!」
「……すぐ行く」
「私達も行くわ!」
オリオンが現場に着くと、多数の負傷者が出ていたが、何とか対象は破壊出来た様だ。
魔導兵器を使ったのだろか……巨大なクレーターが生じている。
そのクレーターの中心に残っていたのは、炎の様に赤く光る死骸……
(これは魔物でも精霊でもない?)
オリオンは死骸の方へ歩いて行き、ある事に気が付いた。
(まだ生きてるだと?)
死骸と思われた生命体は生きていたのだ。
原型を留めてはいないが、微かに脈を打つ心臓。
それは、無惨にも大破した体内を動き回っている。
傷付いているものの、魔導兵器の近距離打撃を受けても尚、活動を続ける驚異的な強度と生命力。
(封印して回収だな)
セレネに回収を指示しようとした時、エンジェルラダーが現れ、天空の神々が降臨した。
「オリオン、そいつは終末の兵士だ」
「……終末の兵士?」
それは、御伽の世界の御伽噺。
嘗て、御伽の世界を管理していた神々が居た。
その主神はオーディン。
彼は優秀だった。
徐々に発展していく世界、それはそれは順調だったそうだ。
ある日、そんなオーディンを困らそうと、悪戯好きの神 ロキは他の神々を騙し、魔力を集め巨人を創った。
終末の巨人スルトだ。
巨人は強かった。
魔剣を振り回し、御伽の世界を破壊して回ったそうだ。
滅ぼされた神や、ビビって逃げ出す神も大勢居たが、オーディンは何とか巨人を封印する事に成功する。
御伽の国の端にある火山の中に、その巨人を封印しオーディンは力尽きた。
「おじいちゃん、封印が解けそうなのか?」
「あぁ、オーディンは特殊な魔晶石3つを媒体に術式を発動させた。
3つの内2つはオーディンと共に消失したが、手放しちまって消失を免れた残りの1つを回収した人間が居たんだ。
それが、あの魔女な。
クロエが始末した後かどうかは分からないが、どうやら魔晶石は何者かの手に渡ってしまった様だ」
生き延びた数少ない人類の1人だった魔女は、封印の鍵と思考操作によって世界の覇権を手に入れた。
彼此、千年程前の出来事だ。
「巨人に関わりたくなかった神々は、この世界を放棄した訳よ」
「改めて封印出来ないのか?」
「出来るが時間が掛かる。間に合う保証がねぇのよ。さっきみたいなのもウヨウヨ居るし」
「……ねぇ、オリオン何とかならないの?」
「…………」
カーラの問い掛けに暫し沈黙したオリオンだったが、直ぐに方針を固めた様だ。
「すまないが、魔王軍はこの件から手を引く」
「えっ?」
「総員、撤退準備を開始せよ」
「ちょっと!オリオン!!」
撤退を決めたオリオンは、一人足早に魔界へ戻った。
カーラを後目に、撤退を指示し魔界へ戻ったオリオン。
向かった先は、勿論、魔王の元だった。