第112話 戦後処理は息子に任せて
多少強引ではあるものの、着々と進む戦後処理。
しかし、全く進まないのが夫婦関係である。
どんな世界でも、夫婦の問題は当事者同士の話し合いが不可欠なのかも知れない。
魔王城の一室。
魔力探知や念話を含む、あらゆるアクセスを遮断する結界の張られた部屋に、魔王の妻達が会していた。
「アリス?上手く行ったか?」
「勿論。旦那様は、私達が怒ってるって思ってるわ」
「何か可哀想ですね。フフフッ」
「可哀想だけど……何としても、旦那様を魔界から追い出さなければならない。リリア?気取られてはいけませんよ?」
魔王を魔界から追い出そうとする妻達。
冗談?とてもではないが、そうは思えない雰囲気が室内に満ち溢れ、空気は張り詰めていた。
「だんな様の心は強過ぎます」
「心だけじゃないわ。全てにおいて規格外……このままでは、私達だけが殺されてしまう」
「何としても、死んでもらわないとな!」
なんと物騒な話なのだろうか。
自らの夫の殺害を仄めかす妻達は、その日の仕上げに取り掛かった。
部屋の中央に置かれた巨大な水晶。
幻獣召喚に使用する物と同じ構造だが、サイズは20倍程もある水晶に、3名の妻達は魔力を注ぎ始め、やがて力尽き倒れた。
「はぁ…はぁ……私達の魔力でも全く満たされないわ……」
「ハァ…ハァ……週一にしよう。結構しんどいぞ」
「……毎日じゃ……だんな様にバレちゃいますね」
発覚すれば、王妃と言えど国家反逆罪に問われるだろう。
地上世界の大国、ネモフィラ連邦国とも軍事衝突が起こるかも知れない。
しかし、数ヶ月後に迫るXデーに向け、毎週金の日の夜に集まる事となった妻達。
妻達の夜会も、最上位の幻獣数百体を召喚出来る程の魔力の結晶の事も、まだ誰も知らない。
……………………………………………
その頃、御伽の世界では。
カーラとローラの処遇について話合いが行われていた。
御伽の国の第1王女は、魔王軍により何処かに幽閉されている。
と巷では噂になっていたが、実際には魔女の城で普通に生活していた。
そもそも、他国は勿論、現在生かしている大臣達さえも第2王女の存在を知らないのだ。
「オリオン様、王女の安否について国民からの問合せが何件か有ったようです」
「おや……いいお姫様の様だな」
頻繁に城を抜け出していたカーラは、城下町の人気者だった。
誰に対しても、分け隔てなく生のままに接する次期女王に、国民は明るい未来を見ていた様だ。
「王女達の地位はそのままだ。最終的には、この国を治めさせる。その前に、ローラの存在を国民に知らせてやる必要があるな」
「王の方は如何致しましょう?」
「処刑はしないが、罰は与えなくてはならない。
先日始末した何処ぞの王の領地、そこを管理させておけばいいだろう」
「承知しました」
その頃、カーラとローラは中庭で魔界のお茶を楽しんでいた。
普段、魔王城に勤務しているというメイドさん?が淹れてくれた美味しいお茶とお菓子……
この待遇は何?
あまりにも良過ぎる待遇に、2人の不信感は募るばかりだ。
「魔界のお茶はお口に合いましたか?」
「えぇ、とても美味しいわ」
魔王の側近ベレト……
彼は、優しい笑顔で話し掛けて来る。
しかし、戦闘とは無縁の者でも犇犇と感じる内に秘めたオーラは、その不信感を更に深めるのだ。
「……。さぞ不安でしょうが、どうか御安心下さい。我々は御2人を保護し、手厚く接するよう仰せつかっております」
「私達の母親は、あなた達の王様の奥さんを殺して、王様を我が物にしようとした。そして逆鱗に触れたのよ?娘の私達は、あなた達の王様が手に入れた戦利品の1つでもあるし、奴隷でもあるのよ……」
「我が国に、奴隷制度はございません。
今回、魔界と御伽の世界の支配者は、各々の戦力を駆使し争いましたが
そこで生じた結果、その責任を問われるのは、その世界を支配する者のみです。
王子は、御2人を被害者と認識しておられます」
その後、王の間へ通される2人。
何度か見た事はあるが、話をするのは初めてだ。
横には、何とも美しい従者が1人。ただ、瞳を閉じて立っているだけだが、何と神々しいのだろうか。
「窮屈な思いはしてないか?すまないが、もう少しだけ辛抱してくれ」
「窮屈な思いなんてしてないわ。ただ、私達は少し困惑しているの。
敗戦国の王女がどうなるか、そのぐらい分かるわ」
「……どうなるんだ?」
「奴隷よ」
「なるほどな。では、早速奴隷に労働してもらおうじゃないか」
「!!?」
「1年以内に、この国の民、領土、その他諸々……統治権さえも返還してやる。お前達は新たな王として国を任されろ。主からの命令だぞ?奴隷の分際で断わるか?」
「そんなの無理よ……」
……………………………………………………
その頃、居場所を失った魔王は、神界でお世話になっていた。
妻達の機嫌を直す方法を聞きに来たのだが、神々は出来上がっていたのだ。
「あ?お前ら何年夫婦やってんだ!
そんな事ぐらい…ヒック……お前が一番よく分かってるだろ!?」
「いや、分かんねぇから来てんだよ!教えろよ!」
「しょうがねぇな……その事に関しては!呑んで忘れる!どうよ?」
「……………」
2、3発喰らわしてやろうかと思っていると、世界の意思が俺の横に座った。
珍しく、世界の意思も飲んでいる様だ。
「グルナ様……離婚して誰か1人に絞ったら?」
「……。その選択肢は無くない?」
「あるよー!あるあるですわ!!第4の選択肢もあるかも//」
「……まさか第4の選択肢ってのは、世界の意思かな?一気にバツ3だし無しだろ?ハハハッ」
顔が真っ赤になり、急に大人しくなる世界の意思
ゆっくりとテーブルに伏せ、顔を隠した。
そして、独言の様にか細い声で呟いたのだ。
「……バツ3でもいいよ?」
って……えっ!?
俺は、妻達のご機嫌を取る方法……せめて、そのヒントが欲しくて神界に来たのだ。
更なる修羅場は求めていない。
「……さて、冗談はこのぐらいにして魔界に帰ろ」
「ちょっと!女に恥じ掻かせるつもり!?据え膳食わぬは男の恥よ!!」
「勝手に話進み過ぎてない!?でも何かすいません!ホントすいませんっ!!」
俺は逃げるように下界に戻った。
神がダメなら悪魔だろ。
例え魂売ってでも……という程のノリでもないが、次に向かったのは異世界コンビニ”アザリコ”
そう、超悪魔アザゼルの元へ向かったのだ。
「アザゼル?今時間ある?」
「グルナしゃま、ごめんなさいですのん!今忙しいですのん!手伝って欲しいですのんっ!!ハイ、これ!!」
ヒゲメガネ……
俺がシフトに入る時に使用しているヒゲメガネを渡された。
即ち、働けという事だ。
「しゃんせーお待ちのお客様コチラのレジへどうぞー」
「魔王様、カフェラテ1つシロップ多めお願いします!//」
「あいよ、いつもありがとね」
「魔王様、お弁当すこし温めお願いします//」
「…?…あいよ、5秒待ってね。ファイアLv0.00001」
……うぉおぃ!バレてるじゃねぇか!
「みんな知ってますのん!」
「何故!?」
「普通に念話ですのん。でも、グルナしゃまがシフト入ってるって噂は秒で広がりましゅる。
日商爆上げですのん//」
「…………」
「ピーク終わったらゴハン行きましょう//」
「……うん」
その日、結局閉店まで客足が途切れる事はなかった。
久しぶりにアザゼルと夕食を食べたが、アザゼルは俺達が険悪な雰囲気になっている事さえ知らなかった。
まぁ、朝から晩までコンビニで頑張ってるので仕方無いのだが。
このままでは、とてもじゃないが仲直りなんて出来ないじゃないか!俺は、機嫌を直してもらうのをやめる!
そう、俺達は夫婦なのだ。
病める時も、健やかなる時も。
貧しい時も、富める時も。
その命ある限り、真心を尽くすと誓った夫婦なのだ。
小細工は無用、真正面からぶち当たってやる!そう、心に決め、一番怒っているであろうアリスの元へ向かったのだった。