第106話 御伽の世界15 VS桃太郎 前編
城へ侵入しようとするクロエの前に、日の國の桃太郎が立ちはだかる。
魔王が城に居ないと知るが、周囲は鬼達に包囲され逃げ道は無かった。
俺は後悔している。
異世界旅行とはいえ、身の危険を感じたなら直ぐに対処しておけば良かったのだ。
そうしておけば、大切なものを失わずに済んだだろう。
「操敵を開始します」
”偽兵召喚”
城の正門には、ベレトが召喚した数千の囮の騎兵が殺到していた。
魔女の軍隊は目論み通り正門に集中し、子供は城の裏手と両翼から侵入を試みたのだ。
しかし、そこには武闘会の参加者が待ち受けて居たのだ。
そして、クロエが遭遇したのは、日の國の雄”桃太郎”
戦略長距離砲の直撃を受けても立ち上がる再生能力を備え、人間を見れば執拗に追い回し捕食する獰猛な鬼を、桃太郎は一閃の斬撃で斬り伏せる。
まさに、鬼殺し。
元々は、鬼退治を生業とする英雄だったが、ある日を境に変わってしまったのだ。
日の國の人里離れたとある山中に、老夫婦が暮らしていた。
子宝に恵まれず、余生を静かに暮らすのみの老夫婦だったが、ある日、川で大きな桃を発見する。
上流に、数百年に1度実を付けると云われる不思議な桃の木があるという噂を聞いていた老夫婦は、この桃こそ伝説の桃に違いない。
そう思い、桃を持ち帰り神棚に供えた。
ある日の晩、老夫婦は赤子の声で目を覚ます。
どうやら、神棚のある部屋から声が聞こえるのだ。
行ってみると、真っ二つに割れた大きな桃と元気な赤子が居たそうだ。
老夫婦は、神話の桃から生まれたであろう赤子は、子宝に恵まれなかった自分達に神様が授けてくれたのだと信じ、何の変化も付けず桃から産まれたから”桃太郎”と名付け、大切に育てた。
桃太郎はすくすく育ち、やがて逞しい青年へと成長した。
「父さん、母さん、僕は都に行ってみたい。
都には、強い者達が沢山居るんでしょ?そんな人達と会って、僕はもっと強くなりたいんだ」
剣に興味を持った桃太郎は、独学で剣の修行に励んでいた。
その剣筋が良いのか悪いのかは分からないが、強くなるには教えを乞うのが良いだろう。
それに、こんな山奥に居ては嫁ももらえない……
そう思っていた老夫婦だったが、桃太郎を都に行かす事が出来ない理由があった。
それは、鬼の存在である。
当時、都では、鬼神王 酒呑童子率いる鬼の軍団が暴れ回っていたのだ。
神様が授けてくれた桃太郎を、そんな危険な所に行かすなど出来るわけもなかった。
しかし、そんな想い虚しく桃太郎は都へ行く事となる。
徴兵であった。
酒呑童子率いる鬼達はとても強く、日の國の劣勢は誰の目にも明らか。
日の國の王族は、戦える年齢の男を国中から集め、言い放った。
”武勲を挙げた者には褒美を取らす!
金銀財宝の山!そして領地じゃ!
酒呑童子の首を取った者には、姫と地位を授けよう!”
都に集められた男達は、色めき立ち……
我先にと、鬼の拠点である”鬼ヶ島”へ殺到したのだ。
吉報を待つ国王の元に、酒呑童子の生首を持った1人の男が現れる。
その男こそ、桃太郎である。
徴兵した男達の大半は死に絶えたものの、念願の酒呑童子打倒を成し遂げたのだ。
国王は、約束通り姫と領地を授けた。
与える領地について、何か希望があれば申してみよ。そう言われた桃太郎は迷う事なく即答した。
是非、鬼ヶ島が欲しい。
国王は、鬼ヶ島には町はおろか人一人として住んでいないと桃太郎に言ったのだが、桃太郎は構わないの一点張りだ。
自分は皆が安心して暮らせる様に、鬼の残党を退治しなくてはならない。
鬼ヶ島には生き延びた鬼が、まだまだ沢山居る、退治し終えた後に移民したい者があれば受け入れる。
そう言うのだ。
姫も桃太郎を気に入り、鬼退治が終わったらと言う条件で鬼ヶ島に行く事となった。
桃太郎は、先ず、都の周囲に潜伏していた鬼を退治し始めた。
当時は桃太郎を嫉み、手柄を横取りしただの、鬼と結託しでっち上げただの云う者も居たが、直に見る桃太郎の力は凄まじく、一振で何十もの鬼を斬り捨て、都を守る正真正銘の英雄として広く知られる様になったのだ。
単身、鬼ヶ島に移住した桃太郎から、全ての鬼を退治したと報せが入る。
国王は胸を撫で下ろし、山の様な褒美と共に姫を鬼ヶ島へ送ったのだ。
勿論、英雄の治める地に住めるとの噂を聞きつけ、移住希望者が殺到したなど言うまでもない。
姫が鬼ヶ島で暮らし始め、数ヶ月が過ぎたある日。
都では、人攫いや惨殺事件が多発する様になる。
手口から鬼の仕業に間違いなかった。
国王は、桃太郎に鬼退治を依頼すべく鬼ヶ島へ使者を送ったのだ。
使者を見送る大臣達は思うのだ。大人しく隠れていれば死なずに済んだものを……そして、心の中でほくそ笑んだ。
桃太郎の到着を心待ちにしていた日の國の王族達だったが、待てど暮らせど桃太郎はやって来ない。
桃太郎どころか鬼ヶ島へ送った使者もかえって来ないのだ。
そんな時、親戚が鬼ヶ島へ移住したという村人が城を訪ねて来る。
何やら、鬼ヶ島へ移住したという親戚と連絡が取れないと言うではないか。
普段なら聞き流す話だが、国王には、最早他人事とは思えない事情があった。
姫から近況報告が全く無いのだ……もしや、鬼の残党が残っていたのだろうか。
いやしかし、鬼ヶ島を治めるのは、鬼殺しの英雄 桃太郎。
不覚を取る事などあるはずがない。
そう、自分に言い聞かせる日々は、まだ続くのであった。
居ても立っても居られなくなった国王は、遂に鬼ヶ島へ軍を派遣する事に決めたのだ。
だが、まさか桃太郎の治める鬼ヶ島で、鬼が猛威を振るうなど有ろう筈がない。装備を整える兵士達の表情は、緊張の欠片も見当たらなかった。
そんな締りの無い兵士達の出発が前日に迫った ある日の晩。
警戒していた兵士から耳を疑う一報が入ったのだ。
鬼の軍団が、一直線に都を目指しているという内容だった。
斥候の情報では、数万の鬼の群れが間違いなく都へ向かっているのだ。それも鬼ヶ島の在る方からである。
やがて、城門からも目視で確認出来る距離まで鬼が迫って来た時、兵士は目を疑った。
しかし、無理も無い。
鬼を率いていたのは、英雄 桃太郎その人だったのだ。
国王は叫んだ。
「何故、鬼を引連れておるのだ!!
姫は!?民はどうしたのだ!!」
それに対する桃太郎の答えは、至ってシンプルだった。
国王ごと吹き飛ばす一閃の斬撃。
「この國は、鬼神王 桃太郎が貰い受ける」
霊峰の麓に聳える伝説の大樹。
その木が結実させるのは”人間の運命”
数百年毎に実る審判の果実は、人間の行いによって甘くも渋くも成る。
まぁ、今回は渋いを通り越して、吐き気を催す素晴らしい出来の様だ。
先代の鬼神王 酒呑童子の首は強制世代交代の証。
人里離れた鬼ヶ島に拠点を置いた酒呑童子は、人々の営みを、ただ静かに見守っていた。
ある時、領地拡大を目論む欲深い人間が王位に就いた。
鬼ヶ島への派兵に次ぐ派兵、そして人目を避けて静かに暮らす鬼達への理不尽な殺生、それは酒呑童子に対決を決意させた。
しかし、酒呑童子を生み出した当時の人間達は、徐々に発展していく文明の中で、心に豊かさを持っていたのだ。
自らで決めたルールを守り、少し余裕の有った食糧事情は、他者と分け合ういう思いやりの心を育んでいた。そんな当時の人間の心が生み出した酒呑童子だ、甘くない訳がない。
どうせ同じ事を繰り返すだろう。
酒呑童子が生み出されてから数百年。
その間にも、大樹は人々の煩悩を栄養源とし実を付ける。
そして生まれた桃太郎である。
欲深く、無情……世代交代し完全に覚醒した新たな鬼神王は、瞬く間に都を蹂躙し、日の國の人間を一人残らず鬼に変えてしまったのだ。
「今は鰥夫だ。
遠慮は要らねぇぜ?」
「絶対にイヤ!!私は好きな人がいるんだから!!」
クロエを誘う桃太郎。
鰥夫?日の國の姫は何処へ行ってしまったのか……
日の國の姫は、桃太郎が鬼神王などと知る由もなく、島に着いて間もなく鬼に変えられ鬼姫となってしまっていた。
その後、鬼を退治し終えたと聞き、鬼ヶ島にやって来た移住希望者は、もれなく鬼に変えられてしまうのだが、その様子を見ていた鬼姫の心の中は複雑だった。
鬼に変えられたものの、以前の様に優しく接してくる桃太郎への愛おしい想い。
国民を鬼に変える桃太郎への憎悪。
この2つの感情を抱え、鬼姫は高い崖の上から身を投げた。
「そうか!お前もすぐに死んじまいそうだしな!やっぱ要らねぇよ!!」
”蛟龍”
抜き放たれた刀身からは、龍の様な何かが発生しクロエに襲い掛かった。
辛うじて愛刀で防いだクロエであったが、その表情には動揺の色が滲み出ていた。
(今の攻撃……結界を無視したわ……)
しかし、まだ半信半疑なクロエは一気に間合いを詰める。
”一の太刀 黒火焰”
瞬間的にだが、全てを滅する黒い炎を刃に纏わせて放つ斬撃。
緻密な魔力のコントロールに長けたクロエならではの超高等技術である。
「その刀……なかなかの業物だな。
蛟龍で砕けなかったのは初めてだ」
「パパとママが用意してくれた刀よ!味わいなさい!!」
「お前は要らねぇけど、その刀は欲しい!」
”纏・蛟龍”
桃太郎に巻き付く様に、先程の龍の様な何かが現れ、クロエの斬撃は無力化されてしまう。
直後、驚くクロエを桃太郎の蹴りが容赦無く襲った。
吹き飛ばされたクロエは確信した。
結界を無力化しただけでなく、魔力を帯びた斬撃さえも無力化されているのだ。
(あの変な龍は、魔力をもりもり食べてる!)
離れれば”蛟龍”が襲い掛かり、近付けば、攻防一体の”纏・蛟龍”が牙を剥く……
(一体どうしたらいいの!?)
「もう終わりか?じゃ俺から行くぜ!!」
抜刀した桃太郎にばかりに気を取られていたクロエに、背後から夜叉と山姥が襲い掛かった。
「可愛子ちゃんが単独で来るとは恐れ入ったと思ったが!所詮は女!その程度よ!!」
「!!?」
(しまった…… パパ、ママごめんなさい)
鬼達も巻き込む極大の”蛟龍”がクロエを直撃したのだった。
クロエに迫る斬撃。
妻達の救出を終えた魔王は子供達の元へ急いだが、そこで最悪な光景を目の当たりにする。