第105話 御伽の世界14 VSガッジ
決定打を与える事が出来ないディオニス。ガッジを倒す為、命と引き換えに邪神と契約するのだが……
城の一角。
ディオニスはガッジと交戦していた。
このガッジという男、生まれてから1度たりとも恐怖を感じた事が無い。
ある時は、惨殺された遺体と一夜を明かし。
ある時は、絞首刑に処された遺体に火をつけて遊び……
夥しい数の悪霊や化け猫が闊歩する古城に行っても恐怖を感じることなかった。
逆に化け猫を殴り殺し、安眠する始末……
”ゾッとしてみたい”
が、口癖だと言うからとんでもない話だ。
「俺様を、ゾッとさせてみろっ!!
俺様より強いと言うのならば、恐怖を感じさせてみろっ!!」
「この人、何言ってるんですか!?」
こんな世の中だ。
危険な目に遭い、死の恐怖を感じる事もあるだろう。
しかし、彼は幼少の頃から特殊だった。
体は大きく、とても力が強かった。
並の大人では太刀打ち出来ない程だ。
ある日、力以外に何の取り柄もない間抜けなガッジに、父親は言ったそうだ。
「何か覚えないと、メシも食えないぞ!」
勿論、手に職を付けろという意味で言ったのだが、幼い彼は勘違いをしてしまったのだ。
「じゃあ、怖いって何なのか分からないから、怖いって事を覚えてみるよ」
何を言っているんだか……
そうは思うものの、もう何と言ったら良いか分からなかった父親は、それ以上言うのを止めたそうだ。
そんなある日、事件が起こる。
町外れの高台に有る、とある廃墟の中に不気味な螺旋階段があった。
その階段を登ると屋上へ出れるのだが、あまりに不気味で、昼間でも人気は無い。
怖いという事を覚えたいガッジは、真夜中に廃墟へ向かっていた。
螺旋階段を登っていたガッジは、半分位登った所で、10段程先に黒い影が居るのに気が付いた。
「お前は何者だ!此処で何をしている!」
ガッジが言うも、返事は無い。
「聞こえてるなら返事ぐらいしたらどうだ!」
そう言うと、ガッジは黒い影を階段から投げ飛ばしてしまったのだ。
黒い影は螺旋階段を転げ落ち、遂に一番下まで落ちて行ってしまったのである。
ガッジは屋上に辿り着いたが、町が一望出来るだけだったので、螺旋階段を降りて廃墟を出た。
廃墟を後にするガッジに、1人の女性が近付いて来た。
「私の主人を見なかったかい?町で起きた火事が気になって、廃墟の屋上へ登ったんだ。あそこからならよく見えるからね」
「さぁ、廃墟に居たのは黒い変な影さ。返事もしないし動かないし、邪魔だったから階段から投げてやったんだ」
女性が廃墟入ると、入口の近くに全身を強く打って息絶えている主人が居たのだ。
「あんたは何て事をしてくれたんだい!あれは、私の主人だよ!」
「だったら、そうだと言えばいいのに、黙ってる方が悪いだろ!」
いやいや、不気味な廃墟で突然話し掛けられ、驚いて声も出なかったのだろう。
当然、その事を父親に知られ、ガッジは勘当されてしまう。
「もう、お前の顔は見たくない!
これをやるから、町から出て行け!
お前の父親は何処の誰だと聞かれても、絶対に俺の事を言うな!分かったか!」
「分かりました!聞かれても決して言いません!」
銀貨5枚をもらったガッジは、恐怖を知る旅に出た。
旅を続ける中で、とある国の王様に城と妻をもらうのだが、ゾッとしてみたいという口癖に業を煮やした妻とは、家庭内別居状態。
もう彼此、3年程顔も見ていないそうだ。
そんなガッジと交戦するディオニスは、ある事に気が付いた。
(この人……魔力が殆ど無いですね)
初見では、魔力を抑えているのだと思っていたが、どうやら抑えていたのではなく、無かったのだ。
しかし、ディオニスの斬撃を受けても傷は負うが出血は殆ど無い。
(やはり回復魔法も結界も使いませんね……ですが、ダメージが通らないのは何故でしょうか)
攻撃自体は非常に単調であり、突出したスキルを持っている訳でもないガッジ……
しかし、襲い掛かる勢いは、何時まで経っても衰えることは無い。
麻痺や猛毒の呪印を刻んだ魔力弾を放ち、ディオニスの援護を行うデアシアも何かに気付いた。
「ディオニス様、このブタ野郎は”存在自体”が特殊なのでは?」
「どういう事ですか?」
血圧の上がるデアシア。
しかし、無理もない。
分厚い皮膚に怪力。
各種器官を守る、異常な強度の骨格。
それに加えて、鰐を遥かに凌ぐ殆ど完璧な免疫力……更には、ウーパールーパーなど目じゃない位の超回復力。
「このブタ野郎は、純粋な人族でありながら神に近い存在なのでないでしょうか?」
加えられる斬撃は、出血する間も無く立ち所に治り、毒や麻痺に対する完全な耐性を持っている。
最早、究極生命体であった。
これでは、死の恐怖等感じる事は無いだろう。
「ディオニス様、此処は敵の領域ですので早急にケリをつけなくてはなりません。
援軍を呼んで参ります」
「援軍?」
そう言うと、デアシアは戦線を離脱した。
……………………………………………
デアシアが向かったのは、邪神界。
(正直、借りは作りたくないが……)
邪神界の一角にある大きな神殿。
そこは、ティアマトの管理する女神達楽園。男子禁制の秘密の花園である。
と言うか、男子諸君は身の危険を感じて寄り付きもしないのだが。
「失礼します」
「いらっしゃ……!!?お前はっ!!」
出迎えたティアマトは思い出した。
魔界に降臨した時に、私の頭を吹き飛ばした悪魔だと。
あの日の続きをしに来たのか……
それなら好都合、目に物見せてやる。
仮に別件だったとしても、キツいお灸を据えてやる!
身構えるティアマトは、要件を問う。
(どちらにしても、徒では済まさないわよ!)
「実は、助太刀を頼みたく参上しました」
「あら残念。私達、魔界のサロンを予約してるの。もう時間が無いわ//」
(また頭を吹き飛ばされるかと思って、少しビビって損したわ!でも、ざまぁwww)
「…………。タダとは言いません」
「何かしら?聞くだけ聞いてあげても良くてよ?」
「合コンをセッティングします」
「!!?……あ、貴方、男性の知り合い居るの!?」
「はい、少ないですが……。頑張れば5~6人は呼べるかと」
「……魔王ちゃん呼べる?」
「!?……くっ……全力で誘ってみます」
「助太刀するわっ!!早く案内しなさい!約束忘れちゃダメよ!?」
そして、合コンに釣られて御伽の世界に降臨する邪神界の女神達。
今回、助太刀に来たのはティアマトと三人の女神ドゥルジ・ナスである。
「あ!君、会場に来てたよね!?私達の事覚えてる?」
「申し訳ありません。小さい頃の事なので、あまり覚えてないです」
「やっぱ?この位小さかったもんね」
小石を指差すティアマトに、2人は”いや、そこまで小さくねぇよ”と思った。
そもそも、昔話に華を咲かせている場合ではない。
「あの人、恐怖を感じないらしいんですよ!」
「うーん、君の斬撃でも回復するなんて異常だね!神の気紛れってやつかな?」
「何か方法は有りませんか?」
「あるよ……知りたい?♡」
ティアマトの言う方法とは、邪神との一時的な契約であった。
「ただし……君の命をもらうよ?♡」
「なっ!?糞アマ!大概にしろっ!!」
銃口を向けるデアシアに、ティアマトは言うのだ。
「……このまま逃亡しちゃう?//
みんな戦ってるよ?そこに、こんな奴が乱入して来たら大変だと思わない?」
「しかし、命を代償にするなど……!!」
「この子の命が消えてしまう量の魔力をもらうわよ?でも、命が消えちゃう前に貴女が補充してあげればいいじゃない。愛の共同作業ね♡」
「愛の……共同作業?どうすればいいのですか?」
「それは、その時教えるから!
ほら!先に契約!早く早く!//」
ティアマトに急かされ、内容も確認せずに契約してしまったディオニス。
契約は成立し、”赫き煉獄の鎌”に邪神達の能力が上乗せされたのだ。
「一振で十分だよ!」
本当だろうか……
半信半疑のデアシアは、心配そうに見つめている。
(本当かどうか分かりませんが、やるしかありませんね!)
ガッジを巻き込み、空間を切り裂く大鎌の斬撃。
相変わらず、浅い傷が巨体の周囲に出来るのみ……命と引き換えの契約がこの程度とは……
「糞アマ共!!何も変わらないではないかっ!!」
「大丈夫、すぐ始まるよ//」
よく見ると、傷口は修復されずに開いたままだ。
回復阻害かと、再度ガッカリした2人だったが、ガッジは膝を着き苦しみ始めた。
何かが起こっていたのだ。
突如、傷口から溢れ出す大量の蛆虫。
邪神達は、ディオニスの斬撃を媒介し死の蠅の卵を植え付けていた。
孵化した蛆虫は、ガッジの肉体を貪り、死の蠅へと急速に成長していく。
そして、育った蠅はガッジに卵を産み付けていくのだ。
あっという間に増殖する死の蠅と蛆虫は、その栄養源であるガッジの肉体が朽ち果てるまで消えることはない。
「うわっ!!何なんだ!!体から虫が湧いてくる!!」
体中を這い回り湧き出てくる蛆虫、そして、払っても払っても纏わり付き卵を産む蠅に、ガッジは為す術もない。
やがて、目からは勿論、口の中も蛆虫でいっぱいになり、呼吸も出来なくなったガッジは、初めて知ったのだ。
”怖い!死にたくない!”
「お互いに初めて知りましたね。恐怖に鈍い者は真っ先に死ぬという事を」
結局、それから間もなくガッジの生命活動は停止したが、蛆虫は肉という肉を全て貪りきるまで消える事はなかったという。
邪神エゲつねぇと思ったのも束の間、命と引き換えに契約したディオニスもまた、一気に魔力を奪い取られ倒れてしまった。
「おいっ!糞アマ共!!どうしたらいいんだ!!」
そこには、いつもの冷静なデアシアは居なかった。
そんなデアシアに、邪神達は少し待てと言い、バックベアードを召喚する。
因みに、バックベアードは投身自殺を補助し、その現場に近付いた者に投身自殺の映像を見せる魔道具だ。
要は、映像記録装置である。
「さ!魔力を補充してあげよう!//
方法は、チューだよ♡ほら、早く!//」
「……チュー?」
「接吻!KissだよKiss!!♡惚けてる暇無いよ!//早くー!死んじゃうー!」
結局、デアシアはキスをしたのだが、そもそも命をもらうという話自体が嘘であり、気絶しただけだったのだ。
単に約束を守らせる為の最強カードを握られただけだったのである。
………………………………………………………………………
その頃。
草原に着いた俺は、子ブタの家を発見した。
家の周囲にも…家の中にも……体長3m、体重600kg程の狼の様な三つ目の魔物が、うじゃうじゃ居た。
そして、俺の存在に気が付いた狼は、まるで気の立った暴〇族の構成員の様に集まって来たのだ。
”ディーテ!今助けるから、もう少し頑張ってくれ!”
”グルナ!来てくれるって信じてたぞ!//
何とか持ち堪えてるけど、これ以上コイツら興奮させると、もっと暴れて扉を壊されるかも知れない!
コイツら家から出れないんだ!”
マジか……
狼は煙突から侵入した事で、袋小路になっているのだ。
家の中へ入り始末しようとすれば、逃げ惑う狼が扉を破壊し、ディーテが避難している部屋に押し寄せかねない。
「狼さん、救助の邪魔ですよ?解散してください!」
検挙を諦めて、解散する様に促す警察官を真似て、優しく言ってみたが聞く耳を持たない狼達。
暫しの睨み合いの末、俺は解決策を思い付いた。
俺が狼に変装して忍び込み、安心している間に始末したらいいのだ!と。
とりあえず、表で屯していた狼を片付け、ムックを呼び出す。
「ムーック!!」
「何なにー?どうしたのー?」
「ムック、合体だ」
「……何言ってんのエロい人」
ムックの毛は伸縮自在なのだ。
主に防御の為に毛を伸ばすが、今回は救助の為に伸ばしてもらう。
そもそも、ムックは攻撃系に能力を全振りすると、見た目が狼になるのだ。
なので、お前誰?程度の反応で終わるだろうと見ている
毛が伸びて巨大な毛玉と化した狼ムックを蓑の様に背負い、俺は偽狼となった!
煙突から侵入すると、本物の狼達は此方を気にする様子は無い。
どうやら成功の様だ。
部屋に侵入しようと、必死で扉と周囲の壁を引っ掻いている狼達に高電圧を浴びせ気絶させた俺は、扉を難無く破壊しディーテの元へ駆け寄った。
しかし……
「キャァァァ!!」
ムックを被ったままだった俺は、狼と勘違いされディーテと三匹の子豚に袋叩きにされてしまうのであった。
「エロい人……なんで時間止めないの……」
「…………」
その手が有ったか!と思ったのは、ここだけの話だ。
桃太郎の強力な斬撃に苦戦するクロエ。
しかし、そんなものは此れから始まる悲劇の序章に過ぎなかった。