第102話 御伽の世界12 VSシンデレラ
※残酷な描写が含まれます。
私は、蘭の國のシンデレラ。
私が、まだ小さい頃。
お父様と優しいお母様と3人で、大きな屋敷で暮らしていたの。
でも……ある日、優しいお母様は病気で死んでしまった。
お父様は、母親の居ない私を不憫に思って再婚したわ。
新しいお母様には2人の連れ子が居て、私は、お母様とお姉様が出来たと大喜びしたのよ。
あの頃は、2人のお姉様と仲良く遊んで幸せだったわ。
でも、ある日を境に、新しいお母様と2人のお姉様は豹変した。
優しいお父様は、虐げられる私を見て見ぬふりをした。
幼いながらに、世の中そんなものと思った……
まぁ、そのお父様も亡くなってしまったんだけどね。
私は、毎日意味も無く打たれた……
毎日、憎いお母様とお姉様の為に、食事を作り洗濯物や掃除をしたわ。
そんな、ある日。
肉を取る為に飼っている鳥を絞めなくてはいけなかった。
可哀想に思ったけど……
ドンッッ!!!
鉈で首を刎ねた時、知ってしまったの。
「?……これ楽しいかも♡」
私は、お母様やお姉様の目を盗んでは、犬や猫を捕まえて首を刎ねて川に捨てたわ。
そんな事ばかりしていた、ある日。
私は、王子様が婚約者を選ぶ為に、舞踏会を催す事を知ったの。
舞踏会が行われる日、お母様やお姉様は朝から湯浴みをし、化粧をし、馬鹿みたいに盛り上がってたわ。
午後になって、3人はファッションショーを始めたんだけど、沢山のドレスと靴の中に、優しかったお母様の形見が有るのに気が付いた……
私は思ったの……
あんたが死んだから、私は今こんな酷い目に遭ってる!なのに、あんたの形見は豚共の手にある!何故私ではなく醜い豚共を利するのだ!!
ってね。
その後、私は豚共の踝から先を鉈で叩き斬ってやったわ。
化粧をし、奪い取ったドレスを着て、形見のガラスの靴を履いて舞踏会に行った。
舞踏会は、23時59分まで……
でも、一目惚れした王子は、舞踏会が終わっても私を放さなかった。
そのまま、男女の関係になって電撃入籍したのよ。
そして、今日まで幸せに暮らしてるの♡
本当よ?でも、問題が無い訳じゃないわ。
子供が出来なかったのよ……
だから、武闘会に参加してカーラちゃんを養子にもらおうと思ったの。
今日は、何処かの軍隊が攻めてきたおかげで、武闘会が中止になってカーラちゃんもらえなくなったからガッカリしてたの……
折角、首を刎ねる楽しさを教える為に、3人の豚共を生かしてるのに……
でも、決めた!
お姉さんは、君を無理矢理でも連れて帰って養子にしちゃうぞ?♡
狂ってる。
目立つとダメだから!と言われ、作戦開始まで陰から見守っていた従者達は、ラクレスの背後で、シンデレラの自己紹介兼身の上話を聞いていた。
得体の知れない、途方もなく深い闇。
ピュアなラクレスには刺激が強過ぎるだろう。
「……どうしたらいいんだろ」
(ラクレス困ってる//)
(ヤダ……可愛い//)
(わやじゃ//)
大きな鉈を手にするシンデレラ。その背後には、凡そ5000の騎士団。
そう、彼女は狂っているが王族なのだ。
「ラクレス様!騎士達は私達にお任せください!」
「オドレら!ぶちまわしたるけぇのぉ!!//」
ドヤ顔で騎士団の前に立つ、カラとジーノ。
エキドナは、ラクレスの背後に静かに立ったままだ。
「カラ、ジーノ!なるべく殺さない様に相手をしてあげて!」
「?……はい//」
シンデレラの背後で、5000対2の殴り合いが始まった。
2人は素手でも強いので大丈夫だろう。そう思い、ラクレスはシンデレラを見据える。
そして、この戦いは取り戻す為の戦いだと直感した。
「行くよー!♡」
振り下ろされる鉈。
思いのほか重く鋭い斬撃……
王権の象徴と化した漆黒のロングソードは、難無くその斬撃を弾く。
弾き飛ばされたシンデレラは、スリップダウンしてしまった様だ。
「……うー…痛たた……」
受け身を取り損ねたのだろうか?
痛がるシンデレラに、ラクレスはほんの少しだけ動揺した。
「なーんてね♡ウソだよ//」
倒れた状態から、神速のカウンターアタック。
直後、ラクレスの右手に激痛が走った。
”指捕り”
ラクレスの親指は切断されていたのだ。
剣術とは、非常に残酷である。
首は勿論、腕、手首、指、足首等、これらを切断する技術が幾通りも存在する。
(親指が無いだけで…全く剣を握れない……)
左手だけで振れなくもないが、やはり片手だけでは鋭さに欠ける。
シンデレラの猛攻には、時折、致命傷を狙ったものが含まれているのだ。ラクレスは防戦一方になっていた。
「そろそろ、もう一本もらっちゃおうかな!♡」
楽しむシンデレラだったが、どうやらこの戦いはエンディングへと確実に向かっていた様だ。
振りかぶるシンデレラに対し、ロングソードを突き出すラクレス。
シンデレラの鉈は、ラクレスの肩に食い込み、ロングソードはシンデレラの太腿に深く突き刺さった。
「……い、痛い……痛いよぉ!!」
鉈を手放し、転げ回るシンデレラ。
自分に深手を負わせたラクレスを睨み付けた時、異変に気付いた。
ラクレスの背後に立つ、半人半蛇の従者は夥しい出血をしていたのだ。
(……何で?戦いに参加してないのに)
エキドナは魔物ではない。精霊なのだ。
カラとジーノとも従者として契約したラクレスだったが、エキドナとの契約は少し特殊だった。
精霊とは、心が生み出すものであり、超自然現象の具現化でもある。
下位の精霊ならば、自我は無い。
しかし、エキドナは上位の精霊であり”心”があった。
多くの魔物を生み出し、拠点を持っていたエキドナだったが、多くの時間を自室で1人で過ごしていた。
その1人の時間を、エキドナは孤独だとは思っていなかった。
深く思考し、自己を高める……
その時間は、エキドナの心に”ある”感情の土台を完成させていたのだ。
ある日、ラクレスが現れた。
ある時は、自室で寛いでいるエキドナを外へ連れ出し、一緒に森を探検した。
ある時は、エキドナの部屋で色々な話を聞かせて欲しいと強請った。
そんなラクレスに、エキドナは唯々付き合っていた。
そして、ある日を境に、ラクレスは何も求めなくなった。
大人になったのだろうか……
相変わらず昼寝はしに来るラクレスを見つめながら、エキドナは、そう思った。
一緒に昼寝をするエキドナは、何も言わず同じ時を過ごしたのだ。
ラクレスの変化は何なのか……考えているうちに、エキドナの波長は、やがてラクレスの波長に重なり始めていた。
心から生まれた精霊は、自分の宿るべき”心”と惹かれ合う。
そして、完全に重なり合うのだ。
ラクレスの変化は、心の変化だった。
求める事、即ち自分主体を”恋”だとするのならば、何をするでもなく、ただ共に過ごすだけで満たされ……与え合い分け合う事、即ち相手主体は”愛”
それに気付いた時、エキドナは自分の心も変化している事に気付いた。
エキドナとラクレスの波長は、外傷さえも分け合う程に完璧に重なり合っていたのだ。
思考するシンデレラを立たせ、優しく両の頬に触れるラクレス。
コツンっ
優しく額を重ねるラクレスは言った。
「渇いた音がする……」
因果応報。
行いは、自分に返って来るという事。
しかし、例外がある。
それは、良い事だろうが悪い事だろうが、本人が何とも思っていない時だ。
シンデレラは、多くの命を奪い、そして多くの苦痛を与えて来た。
しかし、何とも思わないシンデレラは、因果応報の枠から外れていた。
奪われた命が報われないではないか……何と理不尽なのか……
実は、そうでも無い。
因果応報の枠からは外れたが、負の感情からは逃れられない。
満たされない心、子供が出来ない悩み、自分を肯定してもらいたい欲。
これらは、蓄積し引き寄せ合い増幅はするが決して消えることはない。
焦りや劣等感に一生苦しみ、真の幸福感を感じる事はないのだ。
「思い出して……幸せだった頃を。自分の心を」
ラクレスの神眼は、シンデレラに蓄積していた負のエネルギーを取り去った。
シンデレラの渇いた井戸の様な心は満たされ、幼い頃の優しさを取り戻していった。
だが、同時に溢れ出たものがあった。
それは”罪悪感”
今まで理不尽に奪い取った命……そして、傷つけた者達への罪悪感。
嘗ての優しさを取り戻した心は、その罪悪感に耐える事は出来なかった。
零れ落ちる涙を拭い、ラクレスの瞳を見つめるシンデレラ。
「……ありがとう」
直後、シンデレラは自ら命を絶ったのだ。
城の周囲で激しい攻防が行われていた頃、帰還に備える第2陣の元へも敵勢力が迫っていた。