第99話 御伽の世界9 開戦
何とも官能的な佇まいで部屋に帰って来た魔女。
拒む魔王に、剥き出しの欲求が迫る……
「ふふっ、私が脱がせてやろう//」
「……や…めろ……」
俺の意識は白い靄のようなものに覆われ、まるで人形の様になってしまっていた。
魔女は、用事があると言い出掛けて行ったのだが、夕食を済ませ、風呂に入り、部屋でボーッとしていると、その日の内に帰って来てしまった。
その薄明かりの灯る部屋に入って来た魔女は、ガウンを羽織っていたが、時折顔を覗かせる何とも派手な下着……上の方は無防備にも……いや、見ろと言わんばかりにノーブラだ。
俺をベッドに横にさせると、服を脱がし始めた。
思考操作は解除可能だったが、魔女の意識が此方に向いている方が都合がいい。
そう思い、俺は、妻達が地上に出るまでは耐えるつもりだったのだ。
必死で自我を保とうとしている俺を、魔女は襲った。
何度もだ。
それは遡る事、凡そ3時間前の出来事。
魔女は俺をベッドに横たえると、服を脱がし始め、俺は遂にパンツ一枚の状態になってしまった。
そして馬乗りになり、魔女は無理矢理、俺の唇を奪った。
「……と、トイ…レ…」
「ん?緊張しておるのか?可愛いヤツめ……//早く済ませて来るのだ」
俺はトイレへ逃げた。
しかし、逃げ切れる訳もない……。
どうしようか考えていた時、困り果てた俺の頭脳は、”ある”正解を導き出した。
それは、逃走方法ではなく接し方であった。
それが妻であろうと部下であろうと、自分が大切に想う者、自分が関わる者に対しては、それなりに気を遣うものだ。
傷付けない様に……優しく包み込む様に……恥を掻かせない様に……無意識に様々な気遣いをしている筈だ。
しかし、それなりに生きていると、それをする必要のない存在が居る事に気が付く。
その基準は……
自分の人生に必要か否か。である。
堕紳士状態になった俺の心は、躊躇うこと無く魔女と戦う事を選んだのだ。
「早く此方に来るのじゃ//」
トイレから戻った俺は、ベッドに自ら横になった。
勿論、魔女は先程の続きを再開するのだが……
「……と…」
「ん?トイレは先程行ったではないか……」
「……と…頭皮が…クサ…い…」
「なんじゃと!!?」
「……魔女…様の…頭皮…クサ…いから…頭…洗って…来て…ほんと…ムリ……」
頭皮が臭いと言われ、とんでもない勢いで頭を洗いに行く魔女。
30分後、いい匂いになって魔女は帰って来た。
俺は殺されると思ったが、魔女は殺すのを忘れる程にショックだったのだろう……まだ乾ききらない髪を搔き上げた魔女の表情は、不安と苛立ちが混ざっていた。
そして、舌打ちし、怒鳴る様に言い放った。
「どうじゃ!こんな良い香りの女はおらんぞ!!」
性欲と苛苛が爆発寸前な魔女は、またしても馬乗りになり、強引に事を進めようとするのだが……
堕紳士と化している俺の攻撃は終わらない。
「……い…」
「!?……今度はなんじゃ!?」
「……い…今…フワッ…っと…加齢臭…が……」
「ば、馬鹿なっ!!そんな筈があるわけがない!!」
「……でも…フワッ…っと…加齢臭…が……クサ…い…」
「キィィィィッ!!」
またしても風呂場へ走って行った魔女。
風呂に入ってどうにかなるのかは知らないが、加齢臭が臭い!無理っ!と言われた魔女は1時間程帰って来なかったのである。
正直、レディに臭いとか言うのは良くない。
と言うか、大人なら男女関係無く”そう思っても”殆どの場合、口にはしない。
そんな事は分かっているが、魔女の存在が俺の人生には必要無いのも事実だ。
気を遣うだけ損である。
それに、無理矢理とはいえ身体を奪われてしまったら、良くて一生バイ菌扱い……最悪、離婚も有り得るだろう。
まさに、バイバイ菌だ。
因みに、第3弾は”口が臭い”を用意していた。
それでも襲って来る様ならと、第4弾も準備していたが……R20レベルの規制じゃないと通報される可能性がある為、此処では控えさせていただく。
お伝え出来ないのが、とても残念だ……
部屋に戻って来た魔女の表情は、一言で言えば”鬼”だった。
最早、男と女の関係を楽しむ雰囲気等微塵も無い。
ベッドの上で、”あー、早く帰りてぇ……”そんな事を考えながらボーッとしていた俺に馬乗りになると、魔女は渾身のビンタを見舞った。
途中、巨大な地震が発生したが意に介さない魔女。
思考操作で殆ど身動き取れない俺を、魔女のビンタは容赦無く襲った。
そう、何度もだ。
…………………………………………
その頃、子供達は森の中を彷徨っていた。
辺りは暗くなり、情報収集しようにも民家らしきものは見当たらない。
森を進んでいると、足元で何かが光っているのに気が付いた。
「何だろう?」
ラクレスは、光る何かを手に取った。
それは、自ら発光する見たことも無い石だったのだ。
更に足元をよく見ると、その石は獣道に沿って、点々と落ちていて森の奥へと続いている。
「……道標かしら?」
少なくとも、獣が撒いた物ではないと思った子供達は、警戒しつつも、その石を頼りに森を進んでいくのであった。
暫く森を進んでいると民家が見えて来た。
しかし、不思議な事に家は1軒だけ……恐らく、街から遠く離れているであろう森の中に、1軒の家がポツンと建っているのだ。
不気味に思うも、子供達は更に接近した。
「!?」
家の近くまで来た時、クロエが何かに気が付いた。
甘い香り……美味しそうな外壁……
その家は、お菓子で出来ていたのだ。
「何これ!!//全部お菓子で出来てるー!!♡」
食いつこうとする赤ムックとクロエ。
そんな2人を阻む様に、中から一人のお婆さんが現れた。
「こんな夜中に何してるんだい?
夜道は危ないよ?」
道に迷ったと思われたのだろうか、お婆さんは子供達を家の中に招き入れ、お菓子を食べさせた。
「私達、女王様に会う為に、遠くから出てきて迷子になっちゃったの」
「そうかい、大変だったね。何の用事か知らないけど、今は城に行かない方がいいよ」
お婆さんは、女王も危険だが、今、近々行われる武闘会の参加者が城に集まっているから危険だと言うのだ。
鬼を飼い、人里を荒らす桃太郎。
自分の親兄妹を半殺しにし、今でも屋敷に閉じ込め、痛めつけるのを楽しんでいると云われるシンデレラ。
幼子さえも欲求の捌け口にする性犯罪者、浦島太郎。
そんな連中が、軍を引き連れ城に滞在しているらしい。
(そんな所にパパは閉じ込められてるの!?)
(あまり時間は無さそうですね)
子供達は、お婆さんに近くの街で武闘会が終わるのを待つと言い、城と近くの街までの道を教えてもらった。
「この石を辿れば、此処に来れるよ。
また、いつでも遊びにおいで」
そう言うと、お婆さんは子供達を送り出した。
頭のおかしな人の比率が高い御伽の世界で、お婆さんは普通にいい人だったのだ。
お婆さんに別れを告げた子供達は、とても心配になり、直ぐに魔王に念話をしたのだが……
”パパ!大丈夫!?何もされてない!?”
”……ブフッ!…やめ…ろ……”……ブツッ
「「…………」」
俺は魔女にビンタ乱舞されている時だったので気が付かなかったが、子供達から念話が来てた様だ。
「今の聞いた!?また拷問されてるんだわっ!!」
「早く助けないと不味いです!!」
「もう……限界!!行くわよっ!!」
子供達は、魔女の城を目指し走り出した。
……………………………
一方、魔界では。
「先程、王子と王女から出撃命令が下った!!
王妃様は依然として行方不明だが!魔王様は拷問を受け、非常に危険な状態にあるそうだ!!
これ以上猶予は無いと判断された王子と王女は、現在、魔女の城に向かっている!
尚!城には異世界の猛者達が軍を引き連れ集結しているそうだ!
少数では突入はおろか捜索も脱出も困難な状況だと思われる!!
転移後の到着地点は、城から1kmの地点!
恐らく合流出来るだろう!!
徹底的に撹乱し、王子と王女を支援せよ!!」
敵戦力、地理……
情報は圧倒的に少ない。
しかし、魔王軍の精鋭達には一点の不安も無い。
対物理、対魔法……?当たり前だ。
白兵戦、遠距離交戦……これも当たり前。
森だろうと、市街地だろうと、山岳地帯だろうと関係無い。
何処でも、どんな相手に対しても平均以上の戦果を挙げる者達の集団。
それが、第1陣である統合能力特殊作戦軍の兵士なのだ。
そして、その第1陣を代理で指揮するかも知れないベレトとテイトは、奇しくも同じ事を思っていた。
”すげー楽。”
任務を無事完了しなくてはならない重圧はある。
兵士の命を預かる重圧もある。
2人のいう”楽”とは、殆ど指示を出す必要が無いと言う事なのだ。
優秀な兵士は、自分の能力と成すべき事を把握している。
放っておいても、勝手に最善の行動を取るのだ。
「では、転移させるぞ?
第2陣も5分後に転移させる、用意しておけ」
第1陣を転移させるアンラ・マンユ。
御伽の世界の森に、30mは有ろうかという巨大な漆黒の剣が音もなく舞い降り、そして深く大地に突き刺さった。
救出作戦が始まったが、魔王は城を出なくてはいけなくなる。
そんな事など知らない子供達は、異世界の猛者と相対する事に……