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6代目総長の極めし道  作者: ジロ シマダ
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ドーナツと銃弾

 春から夏に変化しようとする気温に心地よさを感じる季節。


 目白台本邸では厚手の毛布を干し、衣替えの準備をはじめていた。尊がふすまを開けて廊下にでれば窓を開けているのか風が走り抜ける。そんな心地よい廊下を尊はパーカーを羽織りながら進む。

 玄関では靴を磨いたり、掃き掃除をする数人の組員が真面目に働いている。組員は尊の姿に気が付くと当たり前だが手を止めた。


 「おはようございます、総長。おでかけですか」

 「おはよう。ちょっと買いものにね」


 手にしていた箒を置くと木下は尊の足元に靴を置いた。続いて靴べらを差し出し、尊の後ろを確認した。しかし、そこにいつもならいるはずの姿は見えなかった。何も言わずに来たようだと木下は苦笑した。


 「総長、黒木さんは?」

 「どこかにいるんじゃ」


 「わかぁ!!」


 「ばれたみたい」


 奥のほうから聞こえる慌ただしい足音と呼び声に尊は参ったと頭に手を当てた。近づいてくる足音に尊が諦めて、待てば滑るように玄関に黒木が現れた。

 黒木はそのままずんずんと玄関を降りると靴を履き爪先をとんとんと適当に靴を履きながら尊に咎めるような眼を向ける。


 「何も言わずに出かけないでください」

 「子供じゃないんだ。ちょっと出かけるくらいいいだろ」


黒木の過保護ぶりに尊は口をとがらせる。しかし、ここで問答をしても始まらないとパーカーに手を突っ込むと尊は玄関を出た。黒木もジャケットを脱いで木下に投げ渡すとミリタリージャケットを羽織り、少し厳ついおじさんになって尊の後ろをついてくる。


 「用意がいいな」


尊は黒木の用意の良さに感心する。


 「慣れてますから。どこに行くんですか」

 「こういう服がそろそろ交換時かなと」


慣れたくないがとまた咎める黒木の視線を気にすることなく尊は門をくぐり屋敷からでる。フードの紐を少し尊は引っ張り左右のバランスを整えると暖かな日差しを受け歩き出した。





 適当に服を購入し、六本木駅の周辺を歩いているとドーナツが目についた。焦げ茶色のドーナツからカラフルで艶のあるドーナツが美味しそうに並んでいる。ガラス越しに尊は目はそれに奪われ、足をとめた。尊は黒木に買い物袋を持たせると、そのまま吸い寄せられるように店の入口に向かいだした。


 「ドーナツ食べたい」

 「ちょっ!」


 黒木は男2人でこんなファンシーな店に入るのかと扉を引こうとする尊を引く。尊は引き留める黒木の信じられないものを見るような顔とファンシーなドーナツを見比べた。

 そして黒木がトレー片手にドーナツを選ぶ姿を尊は想像した。厳つい男が肩を縮こませ片手にトーレー、片手にドーナツをはさんだトングを思い浮かべ、尊はクマのようだと小さく笑う。黒木を知っている人間が尊の想像した黒木を見ることができれば、驚きと爆笑の渦が発生することは確定だ。

 尊は笑いをこらえ、細かく何度か頷くとにやりと笑った。


 「適当に買ってくるからまっててよ」


それだけ言うと尊は躊躇なくファンシーな店内に入っていった。黒木はきょろきょろとあたりを見渡し、店の前は場違いかと街路樹の下に移動した。



 店内は多くの女性や子供がトレイを手においしそうなドーナツを楽しそうに選んでいる。尊も列に並ぶとドーナツをトレーにのせていく。その姿をちらちらと女性客が男一人というのは珍しい、それもお父さん世代ではない若い男をつい見てしまっていた。


 「うーん? あいつはどれがいいかな」


黒木の好みを思い出しながら頭を悩ませる尊に横から声がかかる。


 「あの、これ美味しかったですよ」


突然の控えめな声にきょとんとした尊は恥ずかしそうにすこし下をみる女性にすぐにほほ笑むとドーナツをトレーにのせた。これで折角のアドバイスを聞かないのはいけないことだと尊は思う。


 「そうなんですか。じゃぁ、これにします。ありがとうございます」

 「ぜひ食べてください」


女性は尊がいったドーナツをとりお礼をいってくれたことに染まった頬をほっとしたように緩めた。


 結局、尊は10個のドーナツをトレーに乗せ会計にたどり着いた。会計をしてもらいながら屋敷の組員たちのことを考える。おいしかったら皆にも食べてもらいたいと尊は思案する。


 「あのたくさん買う時はどうしたらいいですか」

 「予約も行っております」

 「今度お願いしようかな」

 「どのくらいですか」


尊は本邸にいる組員と本部にいる組員を思い浮かべた。幹部たちも食べるかと考えたが好きかもわからないと数から消す。  


 「とりあえず20人だから40個ですかね」

 「それなら大丈夫です。おつり450円になります。またのご来店をお待ちしております」

 「ありがとうございます」


笑顔で去っていく尊にレジの女性も嬉しそうにお礼をいい見送った。店から出てきた尊を頭を下げて迎える黒木にみていた人たちは尊をどこかの社長か金持ちの息子かと想像する。優良物件かもと考える、こういうときの女性は怖い。しかし、中には違う想像をする女性もいる。


 「付き合っているのかしら」


 そんな視線を向けられているとは気づかない尊と黒木は本邸に向かって歩き出す。


 「よく入れますね、若。それにこんなに買って」

 「普通に入れるけどなぁ。そうだ! 黒木も好きなクラブに久しぶりにいくか?」


若干ぼやき気味の黒木に尊は仕方がないなと提案すれば黒木は


 「いいですね!」


と嬉しそうな声を上げた。柏木未来の一件以降ご無沙汰でそろそろ総長として店に顔を出さないといけない時期だと尊は思っていたところだ。シマの親として顔とお金を見せるのも重要なことだ。夜が楽しみだとこの平和がつかの間のものだと気が付かず日常を謳歌していた。






「飲みすぎた気がする」

「久しぶりでしたから」

 尊は飲みすぎたかと若干反省しながら店をでる。黒木だけでなく、尊もやはり久しぶりで楽しかったのだ。黒木は少ししか飲んでいないがクラブという空間を楽しんだ様子を店、前を歩く素面の組員も満喫したような表情で尊は嬉しくなる。素面でも楽しめた様子に、店がいいのかと思いお礼の気持ちを込めて、尊は見送るママや女の子たちにもう一度手を振る。


 店と街灯に照らされる歩道を酔いを醒ますようにゆっくりと横切る尊は糸が張るような感覚を覚え本能的に体をずらした。尊の動きに黒木も瞬時に警戒を高め、右手を内ポケットに入れたが右手が銃を取り出す前にけたましい音が夜空に響く。


 風船の破裂音を大きく、鋭くさせたような音の余韻が続く中、尊の崩れる姿が黒木の目にはやけにゆっくりに見えた。黒木は目を見開き、尊に腕を伸ばす。


 尊は焼けるような衝撃にこめかみを銃弾が掠ったのだとわかったが、揺れる視界に立てずこめかみを押さえうずくまることしかでできない。尊は必死に意識を保とうと歯を食いしばった。ここで倒れるわけにはいかないと膝に力を気力を保つ。


 「若!」


 黒木だけでなく組員もすぐに尊の周りを固め、黒木は尊を抱え上げるように支えると車に急いだ。すぐそこの車が遠く感じられることは今までにはなかった。黒木は腕にかかる尊の重みを震えそうになる腕でしっかり支えた。


 「橋! ドアを開けろ!」


橋が急いで開けた後部座席に黒木は尊ごと身を滑り込んだ。黒木の鋭く切羽詰まった声が続く。


 「本部へ!」

 「はい!!」


組員も追いかけるように後ろの車に乗り込む。



 走り去る車を自分達の目の前で誰かが撃たれるなど夢にも思っていなかったクラブの者たちが不安そうに肩を寄せて見ていた。つい先刻まで一緒に楽しんでいた尊が額から血を流し力なく崩れる姿は皆の目に焼き付いた。



 「若! 大丈夫ですか」

黒木は尊の手をずらして傷を確認する。尊はものすごい形相の黒木を安心させなくてはと薄れる意識の中で思い口を開くが、安心させる言葉は最後まで続くことはなかった。


 「だい、じょ・・・・・・う」

 「若!?」


意識を失った尊に黒木は顔を青くするが、脳震盪を起こしているだけだと自分を落ち着かせ傷口を押さえる。アルコールのせいか出血がなかなか治まらない血で染まる手を黒木は見続けるしかなかった。木下はハンドルを汗ばんだ手で握り閉めながら、バックミラーにチラチラと強張った顔で尊を見た。


 「そ・・・・・・総長」

 「気を失っただけだ! できるだけ飛ばせ!」


荒れる心のまま黒木は怒鳴った。

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