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6代目総長の極めし道  作者: ジロ シマダ
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犬も食わないものに巻き込まれ

  「まさか未来ちゃんからの電話とは」

  「驚いたよ・・・・・・すぐに済むだろう、少し待っててくれるか」


 尊が黒木たちを残して神社の境内に入り、黒木や組員は辺りを歩きながら警戒を怠らない。すぐ近くで控えることはしないが尊の姿と周囲の確認を繰り返し行い続け、いつでも尊の盾になれるように構えた。


 鳥居をくぐりつつあたりを見渡した尊の目に一人の女が映る。その女は大きく手を振って尊に駆け寄ってくる。手を大きく振って走ってくる未来は尊が来たことにすぐに気が付いた。

 電話をしてからそこまで時間がたっていないことに若干うれしくなる。自分のためにすぐに来てくれたのだと未来は思ってしまうが、これ以上面倒にしたくないという気持ちしか尊にはなかった。


 尊はサングラスを少しずらし本来の色で目の前の光景を見た。


 「大分印象が違いますね」


Tシャツにジーパンというボーイッシュな格好でメディアやクラブの時とは全く違う印象を与える。

 サングラスを少しずらしてみた色も元気な印象を抱かせるもので、尊は年相応でクラブ露出より断然ましだと思った。


 未来は少しずらしただけでサングラスを外さない尊に唇を尖らせた。やっと顔をちゃんと見れるかと期待した未来だがすぐに戻されたサングラスに目も確認できていなかった。


 「総長さんは変わりませんね。サングラス外せばいいのに」


 尊はもう一度かけ直すようにサングラスを上に押し上げる。総長として存在している限り、よそ者の前でサングラスは外さないと尊は決めていた。

 素顔をむやみにさらすわけにはいかない。ある意味、神林尊の姿がメディアに出た時の布石だ。髪の毛も片側バックで決め、スーツにサングラス、この姿がメディアに出たところで尊の行動の妨げになることはない。サングラスは便利なものだ。印象をサングラスに持っていきやすい。それに目は口ほどにものをいう、目を隠すことで相手に感情やねらいを悟らせないツールだ。総長の仕事には最適だ。


 「それで相談とは」


 いまだに唇を尖らせている未来に尊は話を切り出した。さっさと済ませたかった尊とは裏腹に未来は俯き、とぼとぼと歩き出した。その姿に尊は長い話かもしれないとサングラスの下であきらめたように目を閉じた。


 げんなりする尊の気持ちなど未来には関係がない。未来はここに来るまで悩んでいた。尊に相談すべきことなのかと、しかし一番頼りになりそうな大人は未来の中で尊しか浮かばなかったのだ。

 しかし呼びつけておいて、いざ話そうとしても口が重くなかなかあかない。未来はちらりと尊を振り返り、腕を軽く組んでいる姿に口を開いた。


 境内にいる鳩が歩く未来から逃れるように飛び立ち、尊のそばに降り立つ。未来は落ち着かないのかずっと同じところを歩きながら、1週間のことを尊にぽつりぽつりと話し続けていた。


 しかし、1週間の間に何があったのか話す未来が一番大切なことを言っていないと尊は気が付いていた。それを尊が自分から聞くことはない。

 未来はふと足を止めると息を吸って吐き出した。これを言えば自分のイメージが崩れるかもしれないという怖さが未来を占める。


 「彼氏がいるんです・・・・・・事務所にばれてないと思っていたんですけど」

 「ばれていたと・・・・・・なるほど、それで私と関係を持たせて柏木さんから別れ話を持ち出させることができればめっけものとでも考えていたのでしょうね。事務所は」


 彼氏がいるという告白に何の反応を示さない尊に驚いた。未来はアイドルに彼氏がいると知られれば軽蔑、憎悪されるものだと思っていた。自分が持っているアイドルイメージはそういうものだったからだ。しかし尊は特になく会話を続け、違いますかともう一度確認してくるだけだった。


 それは尊にとって未来やアイドルがどうでもいいからであるからだ。つまり無関心であるから偏見も何も持ち合わせていないのだった。


 「そうです・・・・・・・事務所で菊池と野口がそう話すのを聞いてショックで、事務所から飛び出したんです」

 「そういえば、事務所の人って2人いませんでしたか? えーと」


興味のないことを覚えることが苦手な尊はクラブで座っていたメンバーを一生懸命思い出そうとした。しかし何も浮かばない。浮かぶのはきれいなクラブのママ、ユキの姿と店の内装だけだった。

 未来はすぐにマネージャーのひとりのことを言っているのだと気がつく。


 「原田ですね。あの人は純粋に仕事人間で・・・・・・」


未来の苗字の後に付け足された説明に尊はかわいそうだなと眉を顰める。あまり嬉しくないようないわれように尊はいまだに思い出せない原田に同情した。

 

 尊に言われて原田のことを思い出した未来は申し訳ない思いがつのりだした。原田は真面目で未来のことをよくサポートしてくれた。うるさいほどなっていた電話を即着信拒否にしてしまったが今も探しながら、電話をかけてくれているかもしれないと未来はどうしようと悩んだ。


 「たぶん探してくれてると思います」

 「原田さんにだけでも事情を連絡したほうが良いのでは」

 「・・・・・・はい」


少し悩んだが原田なら親身に相談に乗ってくれる気がした未来は連絡しよう携帯電話を取り出した。しかし、取り出し電源を入れて1秒もしないうちになりだした携帯電話を驚きのあまり手から滑らせる。


 「おっ! と、どうぞ」


尊は素早い動きで携帯電話を空中でつかまえ未来に渡しながら見えた画面に表示された『篠原裕也』という文字に尊は彼氏かなと興味なく思った。そしてややこしいことになりませんようにと祈った。

 未来は表示されている名前の下の通話を震える手でスワイプして携帯電話を耳に当てた。電話をはじめた未来から離れようと尊は移動しかけたがスーツの端を未来がつかんでいた。強くないため外そうと思えば外せるが、好きにさせておこうとその場にとどまった。


 話し始めてすぐに泣き始める未来に尊は何もせず鳥居を見ていた。尊は興味のないことはどうでもいいと見向きもしない。

 「違うわ! 私は総長さんとしてないわ! 信じて!」

未来の口から飛び出した言葉に尊は目を鋭くする。このままほっておこうかと考えた尊だが、自分のことが出ては無関係ではいられないと息をつく。諦めて未来に目を向けた尊は思った以上に涙でぐちゃぐちゃの顔に驚きつつ、優しく手を差し出した。


 「柏木さん、相手は彼氏さん?」

 「ぐすっ」


声も出ないのか頷く未来から尊は携帯電話を受けとり耳に当てれば、電話の向こうから荒い息が尊の聞こえてくる。


 「初めまして、神林です。会ってお話しませんか」

 「話すことなんかない! お前! だれだ!」


 「柏木さんがいっている総長です。私は柏木さんとなんにもないですよ。電話越しでは伝わるものも伝わりません。場所を指定してください。今から向かいます」



 指定された高台につくとすでに男が待ち構えていた。待ち構えるその背中に未来はすがる思いで呼び掛けた。


「ゆうくん!」

「千晶‥‥‥どういうことだ」

「お願い! 信じて!」


 かれこれ15分、展開のない言い合いを聞いているがそろそろ時間がもったいないと尊は声をはさんでしまった。

 すっかり頭に血を昇らせた裕也と泣いて詫びることしかできない未来に尊が嫌気がさすのも無理はない。黒木も口を挟んだ尊にやっと先に進めるとため息をついた。


「柏木さん、落ち着いて始めから何があったのか説明してください」

「口をはさむな!」


 裕也の言葉に控えていた黒木は飛び出し、それを尊が制する。黒木の顔にひっと細い声を裕也は漏らすがそれでも尊をにらみつけるのには尊も黒木も関心した。涙ぐんでいることはおいておこう。


 「柏木さんの彼氏さん、落ち着いて話を聞いてあげてください」


 尊の『彼氏さん』という言葉と穏やかな声にすこし冷静さを取り戻した裕也は未来をみた。震えながら自分をみる未来の目の真剣さに話を聞いてみようと思えてきた。冷静になった裕也は未来の途切れる話をじっと聞いた。


 そして未来が話を終えると裕也は何ともたとえようのない感情が入り混じった顔で未来をみていた。


 「わかってる! 夢のためって私は事務所の言いなりになって総長さんと寝ようとしたの」

 「やってないんだな」

 「うん」

 「事務所が脅したんだな」 

 「‥‥‥うん」


 溢れる涙を拭う未来に裕也は頭を掻きむしる。気持ちを落ち着かせようと歩く裕也の背中には混乱と迷いがあったが立ち止まり振り返った裕也は口を堅く結びうるんだ瞳でしっかりと未来をみた。


 「信じるよ‥‥‥でも二度とこんなことをしないでくれ」

 「ありがとう! ありがとう‥‥とありがとう」


 2人は互いを確認しあうように抱きしめあうのに背を向けて、尊は黒木の袖をひくと車にのりこんだ。


 「ほってくんですか? 未来ちゃんを」

 「彼氏の車があるだろ‥‥‥これ以上面倒みる必要ない」


 これ以上関わるなど馬鹿らしいと尊は座席に横になる。黒木はちらっと2人をもう一度みてから羨ましげに笑いドアを閉めた。


 「たしかに犬も食いませんね。木下、だせ」

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