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6代目総長の極めし道  作者: ジロ シマダ
3/32

駄色の面倒

 「なにか」

 「もう少し一緒にいたいのぉ。いいでしょ」


 尊は追いかけてきてまで迫る未来にため息しかでない。尊の目には未来の姿が必死に縋る哀れなものにしか見えない。伊達に短いながらも総長はやっていない。それに尊は人の感情の変化を感じ取ることが嫌ながらも得意であった。


 尊としては正直このまま、未来を放置し心休まる本邸に帰りたいところだ、が面倒ごとになる可能性が大いにある。この姿の未来になにかよからぬことをしだす者はいるはずだ。

 そうすれば最後に一緒にいた自分がなにか言われるのは必須だと尊はため息をついた。


 黒木はため息をつく尊にどうするのだろうと様子を見ていれば、尊は少し意地悪そうに口角を上げた。一瞬の表情だったか黒木は思わずため息をつきかける。

 尊は体をひねり未来の後ろから肩を優しく抱くように手を添えた。すると添えただけなのに未来はびくっと体を揺らした。尊はびくつく未来を鼻で笑ってしまった。そして、色仕掛けを仕掛ける女には見えなかったはずだと尊は苦笑した。


 「送りましょう」


黒木が開ける後部座席にエスコートされる形で押し込まれ、ぽかんとする未来を悪い男に引っ掛かるタイプだと判断する。

 黒木は初な反応をする未来をほほえましく思いながら一瞬意地悪そうな表情を見せていた尊に

 「(あまりいじめないように)」

と目で伝えたが軽いウィンクが返ってくるだけだった。




 走り出してから車の中は静かすぎた。その静かさが未来には怖くて不安で仕方ない。黒いガラスの向こうで走る街の明かりを眺める尊を未来が小さく声を出す。未来は事務所に言われて尊に色仕掛けを使ったが本当にそういうことになるのかと怖くなっていた。


 「あの」

 「なんですか」


尊は窓越しに未来をみれば、それに気がついた未来も窓にうつる尊の顔をみたがすぐにそらしてしまった。恐怖で体が凍りそうになりながら聞きたくないことを未来は聞くしかない。


 「なにもしない・・・・・・ですか」


 震える声に尊は斜め前に顔を動かし見た未来は下唇をかみきゅっと手のひらを握りしめていた。何も言わない尊に未来は顔を上げたが頬杖をついて自分を見下ろす尊とサングラス越しに目があった気がした。サングラスごしでも怖くなって未来はまた素早く顔をうつむかせた。


 「なにかしてほしいですか」

 「・・・・・・」


尊の言葉に一層、下を向く未来になぜ色仕掛けを仕掛けたのかと呆れるしかない。弱小事務所が暴力団とつながっていることはよくある話だ。そして女を使うこともよくあった。



 それに巻き込まれたようだなと尊はこれ以上怖がらせる必要もないだろうと未来を安心させてやることにした。


 「しませんよ」


あからさまにほっとしたように肩の力を抜く未来に尊はため息交じりの声を出す。こんな言葉一つで信用するなどただのバカなのかもしれないと、これは尊だけでなく黒木も思った。


 「そんな調子でよく誘いましたね。もしものときはどうするつもりだったのですか」

 「・・・・・・・それは」


それ以上言葉がでない様子の未来に尊はそれ以上話すことはないと視線をまた窓に戻した。本当に馬鹿な女だと尊は思った。これで本当に何かあればどうしていたのだろうかと呆れる。


 そこから会話がないまま車は走り続け、ゆっくりと路肩に停車した。


「ついたようですよ」


 ドアを開けて外で未来が出るのをまっている黒木の姿に未来慌てて車から降りた。目の前に建っているのは自分が住んでいるモダン調なマンションだと未来は震え、本当に何もなく帰ってこられたのだと実感する。実感を自覚し、安心した未来が車を振り返えれば黒木の姿はなく目の高さまで開いた窓から尊のサングラスが覗いていた。


 「これからは自分をもう少し大切にするべきだと思いますよ」


 尊の声だけ残し去っていく黒塗りの高級車に未来は咄嗟に頭をさげた。ヤクザはみんなわがままで女と見れば襲いかかる野蛮な男だと思っていた。しかし未来の認識は覆されたのだ。小さくなる赤いライト見送りながら未来は思う。


 「総長さんのお陰で裏切らなくてすんだんだ・・・・・・わたし。なんてことを」


後悔と懺悔から目を潤ませる未来をみている影がひとつ闇に潜んでいた。





 柏木未来のちんけな色仕掛けから1週間がたった頃の朝、目白台の神林家本邸に電話の音がけたましく鳴り響いた。


 「若、聖が今からあっていただけないかと言っております」


黒木の言葉に尊は眉を潜めながらお茶碗をおいた。


 机の上にはおひたし、鮭の塩焼き、味噌汁、ごはんがまだ残っている。尊はまだ食べたいのにと思いながら席を立つ。せっかくおいしい朝食を用意してもったというのにと若干尊は不機嫌となる。


 「残りはお昼に食べるからとっておいて」

 「はい」



 木目調の少し重めの雰囲気を醸し出す応接間で尊が新聞に目を通しながらコーヒーを飲む姿は朝食とは違いラフなパーカーからスーツに変わっていた。今日のネクタイはさわやかなブルーの銀刺繍だ。さわやかなブルーに控えめな銀刺繍はなかなかに趣がある。これは尊の中ではヤクザらしいと思える一品でお気に入りでもあった。


 この会社がつぶれたのかといろいろな記事に目を通していく。SNSもいいがやはり新聞を読むのも楽しいと尊は思う。この大きな紙を初めのころは扱うのが面倒で嫌いだったが慣れれば逆に読まずにはいられないのだから不思議な代物だ。

 そして電話を寄越してから30分で聖が本手に到着した。


 「おはようございます、総長」


聖が応接間に案内され入ってくる後ろにいつか見た男が一人入ってくる姿に、よそ者をあまり本邸にいれたくないと尊は苛立つが面に出すような愚かなことはしない。


 「おはようございます、聖さん。この前の」


新聞を黒木に渡すと聖と野口に座るように促した。


 ソファーに腰を下ろした野口はそわそわと膝の上で手を動かしおちつかない様子を見せた。尊はどうしてこの男を連れてきたのかとみれば、聖は困ったように眉をひそめて少し小さな声で話し始めた。


 「朝早くからすいません、総長・・・・・・未来ちゃんがどこかにいってしまって困っとるというんです。その・・・・・・心当たりないですか」


なんとなく理由を察することができたが尊は冷たく答えた。どうでもよいことこの上ないわけで、これで自分の朝食を邪魔されたのかと思うとやるせない。


 「ないですね。なぜ私に」

 「てっきりその」


野口が肩を小さくしながら尊を伺う。苛立ちもあり尊は野口の言いたいことをわかっていながらとぼけて見せた。


 「てっきりその?」

 「いや! その」

 「なにもやっていませんよ。家に送っただけです。あれ以来あってもいないですから」


 突き放すような尊の言葉に野口は肩を落とした。聖は本当かという目で後ろに控える黒木を見るが頷く返事に肩を落とした。聖は未来では尊は手を出さないのかとすぐに舌打ちをしたくなった。いけると思ったんだがと悔しくなってくる。


 「これでも忙しいのでお引き取りいただけますか」


尊の言葉に素直に聖たちが扉の向こうに消えるのを見てから頬杖を突いた。自分のことを面倒ごとに巻き込んだ一因である未来にいらだつ。

 未来のことも面倒だと思った尊だが、それ以前に面倒のもとを作り出したであろう聖を心の中で睨みつけた。しかしすぐに困ったおっさんだと小さな笑いに変わってしまう。


 「俺があの女とやればカタギを無理やり犯したとかいうつもりだったんだろうなぁ、聖は」

 「なるほど」


 なにかと7代目の座を狙っている聖そして栄もその一人である。あの手この手で何とかしようとするがどれもこれも詰めが悪いのだった。


 「その手に乗るような馬鹿はいないだろう」

 「未来ちゃんはタイプじゃないんですか」

 「かわいいとは思うけど?」


 黒木は向かいに座り、2人が飲まなかったコーヒーに口をつける。黒木としては大概の男はあの夜の未来に引っ掛かると思えた。しかし、尊にとっては未来など興味もわかない、人間の女という認識でしかない。

 「若の好きなタイプはどんな子ですか」

黒木は今まで聞いたことがなかったと尊に尋ねてみた。長らく尊に仕えてきてそのような話題になったことが不思議となかった。部屋を片付けてもエロ本1つ出てこないことに不安を覚えたのはいつのことだっただろうかと黒木は懐かしく思う。いつの間にかそのようなことに不安を覚えることもなかった。それほど忙しかったのか、大人になったか、老けたのかと黒木は苦笑した。

 

 「ん~? 優しい、暖かい子かな? それともどこみるかの話? 部位でいけば、かかとからお尻までかな。特に太ももとお尻の境がいいといいよね」


 「っ!? 部位って! それは性癖です! というか」


予想もしない尊の言葉に黒木の口からコーヒーが飛び出すところだが尊は何食わぬ顔でコーヒーを傾けて言葉を続けた。


 「というか? 変態かもね」


涼しい顔でいう尊に今度こそコーヒーを黒木は吹いた。手でガードして汚れたのは手だけで済んではいた。かろうじてこれ以上吹き出さないように耐えていた黒木を尊が追撃する。


 「というかみんな変態だろ」

 「げほげほ! 若!」

 「なんだよ。お前たちだってこういう会話するだろ」

 「若は見た目とあってないんですよ!」


 なんという偏見と理不尽かと尊は首を傾け、不服そうな顔になる。そんな尊は誠実そうな穏やかな好青年のような見た目である。そんな青年から変態じみた言葉が出てくるとギャップが激しいすぎた。それを指摘する黒木に尊はさらに、口をとがらせ不服そうな顔でくいっとコーヒーを飲み干しカップを置いた。


 「さてと、面倒なことになるのは困るから柏木をさがすか」


 尊が乗り気じゃない声をだしたとき、若い衆が子機を手に入ってきた。尊は子機を受け取り耳にあてて眉間にしわを寄せる。どんどんと眉間のしわが深くなるのに黒木は誰だろうと様子を伺いつつカップを片付けだした。


「わかりました」


尊は子機を耳から離すと肩を落とす。長い息を吐きだすと尊は顔を上げる。


 「黒木、出かけるぞ」

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