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6代目総長の極めし道  作者: ジロ シマダ
29/32

(過去編)両親の死

 大学の研究室で仲間とお菓子を食べながらくだらない話をする、25歳の秋の学生生活を送る(たける)の日常は突然終わりを迎えようとしていた。


 「でさぁ、あっ! ごめん」


 (たける)は尻で震える携帯電話を取り出すと研究室をでて電話にでた。出た瞬間、相手のあまりのうるささに耳を離した。そしてなぜか緊張感が高まり感覚が研ぎ澄まされた(たける)は電話の向こうの雑音を瞬時に聞き取り理解した。


 「若!」

 「病院に行く」


 黒木の叫ぶような声をろくに聞くことなく(たける)は電話を切りずるずると壁にもたれながらしゃがみ込んだ。握りこむ携帯電話がみっしっという音をかすかに鳴らす。



 「おせぇな、ソンのやつ」

 「彼女かな」


感覚が鋭い(たける)の耳に研究室の仲間の声が聞こえてきた。(たける)はゆっくり立ち上がると言い聞かせるように目を閉じて何度も頷き目を開ける。

 大したことなかった風を装おい研究室の扉を開けて、軽く笑いながら(たける)は仲間に声をかけた。


 「用事ができたから今日は帰るわ、じゃ」


 仲間が引き留める間など与えず(たける)は研究室からでて足早に研究棟を抜け走り出した。仲間はすこし違和感を感じるがたまにあることだと(たける)なしに話し続ける。



 電話の向こうで聞こえた病院を走りながら検索し他県にあるとわかり舌打ちをしてしまう。駅のロータリーに駆け込むとすぐにタクシーを捕まえて運転手に怒鳴りつけるように行き先を告げた。


 「群馬の橋本総合病院へ」

 「えっ!?」

 「急いでるんです!」


 運転手はまさかの目的地に驚くが(たける)の必死そうな顔にすぐにカーナビをセットすると、ロータリーを抜けて走り出した。携帯をぎゅっと握りしめ(たける)は悲しみの中にいた。電話の向こうから聞こえた。



 「総長と姐さんが!」

という言葉だけなら生きているかもしれないという希望が持てた。しかし、続いた言葉に希望はないことを知らされる。


 「なんだと! 死んだのか」

(たける)は死んだ両親のもとにただ急ぐしかなかった。こんなにもあっさり大切なものは自分からいなくなるんだと瞳に影を落とす。

 途中で追い付いた黒木の車に乗り込み群馬県の橋本総合病院に到着すれば警察車両、警察官がならび、ものものしい雰囲気が放っている。

 警察官は入ってきた、いかにもな車に警戒を強める。そして、警察官の存在など気にも留めない黒スーツの男たちが車から次々に降りて院内に入ろうとするのを止めた。


 「のけよ!」

 「迷惑だ! かえれ!」

 「んだと! くそサツが」


警察もあまりの緊張感に口調が荒くなってしまい、すわ殴りあいの攻防かと思えた。その時、凛とした耳に残る声が暴れそうなヤクザたちをうっちとめた。


 「やめろ!」

たった一言。その一言が暴れる男たちをとめたその事実に警察官たちは驚き、自分達まで止まっていることに気が付いていなかった。

 警察官はヤクザたちが目を向けるほうに視線を動かした。そして、口々に聞こえてくる声に警察は暴れる男たちよりも位が高いのだと認識した。


 「わか・・・・・・」

 自分達の知る(たける)はこんな怒気を発する人物ではなかったと神林組員は車の前で自分達を睨み付ける(たける)の姿を目を見開く。

 (たける)は動きをとめた組員の間を抜け警察官たちの前に立った。自分たちの前に立つパーカーを羽織る、ただの大学生風の男に警察官はあとずさる。


 「うちのものが騒がせました。申し訳ありません。私は神林(たける)と申します。両親に会わせていただきたい」

 「神林・・・・・・ではお前は」


警察は驚きながら(たける)を見ていたがすぐに意識を戻すとふさいでいた体をすこしずらした。


 「ありがとうございます。黒木、いくぞ。みんなはおとなしくしていろ。幹部はとおせ」


 (たける)はそれだけ言い残すと黒木と共に院内に入っていく。警察官は(たける)が消えては目の前の荒れくれたちが暴れるのではないかと心配したが組員は貧乏ゆすりをしたりと落ち着かない様子であるが暴れることはなかった。



 「ここです」

 (たける)は看護婦の案内で霊安室に入れば、白い布がかけられる2つの固まりまでの短い距離をゆっくり近づいた。覚悟を決めて布をゆっくり取り払う。

 その遺体は確かに(たける)の親だった。しかし、あまりにも悲惨な姿に(たける)は目を背け黒木は進志と美咲の遺体を目の当たりにし本当に死んだのだと悲しみのあまりその場に崩れた。


 (たける)は背けていた目を戻し両親の顔をじっと見つめた。溢れる涙をそのままに視線を外さない(たける)に黒木は悲しみを感じずにはいられなかった。静かに何も表に出ていない表情で涙を流す(たける)は長い間そこにただ立っていた。


 (たける)の中に何故という言葉があふれる。何度も何度も自分の中でなぜを繰り返すうちに(たける)に変化が起きた。

 思ったことのない感情と口にしたことのない言葉があふれ出す。

 『殺されたなら殺せばいい』


(たける)の中で何かが切り替わる音がした。




 2日目の朝に進志と美咲の死はただの事故死であると警察より報告を受けた。幹部と組員はその報告に納得していたが(たける)は違った。


 納得していない(たける)は静かに自室で座っていた。あまりの静けさに本邸の者たちは(たける)に声をかけることができない。本邸に静まり返り古い時計の音が時を刻む音だけが妙に響いている。

 黒木は空気に耐えられない組員の助けを乞う目に仕方ないと(たける)の部屋に向かった。


 「若」

 ふすまの前で声をかけるが返事がないのに不思議に首をかしげ、黒木はもう一度声をかける。それでも返事がないことにもしかしてと、ばっと勢いよくふすまを開ければ黒木が思った通り、そこには誰もいなかった。

 開いた窓からきれいなモミジが吹き込み(たける)の部屋を赤く飾っていた。



 黙って本邸を抜け出した(たける)は古びたアパートを訪れた。古びたアパートには似合わない大きな機器が並び苦しそうな音を立てて(たける)を出迎える。


 「総長の言う通りでしたね」

 「本居・・・・・・俺は総長じゃない」


 (たける)は本居のPCを覗き込みながら苦々しい声を出す。本居はくるくる椅子を回しながら意味が分からないというが、そんな本居に(たける)も意味が分からないと睨みかえした。


 「だって6代目はBOSSのものでしょ! というか俺、総長以外につく気ないし」

 「(ひじり)さんか(さかえ)さん、それか若頭の隠岐(おき)さんが継ぐだろ」


 本居は(たける)に拾われよくしてもらっている恩があり、自分を認めてくれる(たける)を慕っている。

 神林組の末端組員に名を連ねてはいるが正直、(たける)以外の言うことを聞く気はない。それくらいなら死んだ方がましだというほど本居は真っ直ぐにひねくれた男だ。


 「でも2馬鹿は争うよ」

 「・・・・・・」

 (たける)は本居の言葉に何も言い返せない。確かに(ひじり)(さかえ)が6代目を求めて争うことは明らかで、せめて美咲だけでも生きていればどちらかを任命し争いなく決まっていた。

 しかし、これはただのタラればで考えたところで意味などなさない。


 (たける)は組を継ぐ気はない。もともと親も

 「継がなくてもよい」

といってくれ、大学で研究職に就き、(つつ)ましく1人で生活しようと考えていたのだ。


 「まぁいいや、総長」

 「総長では・・・・・・もういいや。それでこいつは今どこにいる」


 変わらず総長という本居を否定しようとしたがこの男に何を言っても意味がないと今すべきことに意識を切り替えて、PCの中にいる男を冷たい瞳で見つめる(たける)の横側を横目で見ながらキーボードに指を走らせる。


 「ここ」

 「わかった。動いたら連絡をくれ」

 「どうするんですか?」

 「殺すだけだ」


 ヘルメットをかぶり息をするように言う(たける)に本居は目を見開き一瞬固まるとすぐに笑う。(たける)は笑い出す本居に触れずに、アパートの前に止めているバイクにまたがるとエンジン音をさせて目的地に走らせた。

 本居はPCに表示される(たける)に渡したGPSを目で追いながら頭を抱えていまだに笑っていた。


 「あんたはやはり、こっち側の人間だよ」


 本居は何でもないように『殺す』といった(たける)はどう考えても裏側の人間で俺達以上の存在だと確信する。ぐんぐんと赤い点は迷いなく進む。


 「早く俺の本当のBOSSになってよ」

と頬杖を突きうっとりとした目で本居は赤い点を追い続けた。

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