品川ふ頭
堂園と長谷川はたまたま品川ふ頭の近くで捜査をしているところに、銃声が聞こえたと通報があったことを知らされ現場に急行していた。
周囲を警戒し、ふ頭を調査しているところに黒塗りの車が何台も入ってきた。長谷川はすぐに堂園を自分の後ろにかばいコンテナの影に隠れる。
止まった車からはスーツを着こなした厳つい男たちが、どんどんと降りてくる。どう見ても一般人ではない。その光景に堂園も長谷川も緊張が最高潮で、自分の心臓の音が耳でこだまするのがわかった。
すぐに本部に伝えなければと袖につけているマイクを口元に運んだ手が、あるものの出現で中途半端に止まった。男たちに守られるように車から降りる男は堂園も長谷川も知る男。
尊はすぐ隠れている2人に気が付き、栄をさりげなく手招きした。栄は何をされるのかと手をこすりながら尊に近づく。
「あそこに刑事が2人います。怪我をした組員はここにいませんね」
「えっ! あっはい! 別の場所です」
栄やほかの組員は尊に言われ初めて堂園たちの姿に気がつく。頷く栄に尊は
「よし」
というと堂園たちの方に歩みを進めた。散歩でもするような歩みに堂園たちは動けない。
まさかばれているとは思っていなかった長谷川は額から汗を流し後ろに身を引くが堂園に背中があたり止まるしかない。
「なにをしてらっしゃるのですか」
「事件の調査です」
「そうですか」
「そちらはなにを」
尊は銃声の通報を受けて来ているのだろうとわかってはいるが知らない体で声をかけた。長谷川は神林組が関わっているのかと構え、勇気を出して尊に問いかける。
「荷物の確認ついでにみてまわろうかと。大型クレーンとかあるので結構好きなんですよ」
尊はいけしゃあしゃあと嘘をつく。怪訝そうな顔をする長谷川の後ろで体をちいさく隠すように立つ堂園に尊は笑いかけた。ビックとなるその姿に犬のようだと尊はにやけそうだ。
尊は犬に怯えられるようで大体の犬は耳を伏せて身を小さくして見せてくる。堂園の姿はまさにその犬がごとき姿だった。
「でも2人の邪魔になるのもあれなのでしばらく車にいますね」
尊はそういうと車に戻り、不服そうに堂園と長谷川を睨み付けて幹部が後に続いた。
「先輩」
「神林組が関わっているのかと思ったが‥‥‥どうなんだろう」
本当に尊を信用していいのか長谷川は悩み。関わりたくないと思う堂園は長谷川を盾にしている。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。
「いくぞ、堂園」
「はっ!?はい!」
「警戒を怠るな」
「はい!」
「どうしますか」
「どうするもなにも、警察がいたらどうにもならないだろ?黒木」
「しかし、総長。もしあいつらが福田に出くわせばやられますよ」
隠岐がそれでもいいのかと尊を伺えば尊は
「別に」
と欠伸をした。
「私たちが今、動けば警察の捜査を受けることになりますよ。まぁ銃声が聞こえたら助けにいきましょう」
尊はそういいながら外を眺める。なにを考えておられるのだろうかと黒木、隠岐、還田、湖出が見つめていれば尊の目がすっと細くなった。
「あぁ、腹立たしい」
尊の呟くような声に
「(さっさと弾を撃ってくれ)」
と還田と黒木は心のなかで呟く。そして隠岐は
「(尊を害するもの、不快にさせるものは即排除)」
と隠岐も外を眺め、銃のセーフティを撫でている。残りの3人は尊と隠岐の様子に顔を見合わせた。
しかし、どうすることもできないと諦めて誰も口を開かなかった。
初めての緊張感に堂園の心臓は、はち切れんばかりに脈打つ。長谷川についていく足は震えて崩れそうだ。それを懸命に動かし続け、堂園はずっと祈っていた。
「(何も起こるな)」
と・・・・・・だが、だいたいそのような祈りが届くことはない。
長谷川は背後でなにか動いた気配を感じ、咄嗟に立ち位置を変え堂園を庇った。その判断が間違っていなかったことを身をもって感じた。
堂園が急な動きにバランスを崩しながら、長谷川の顔をみた。動いた視界に、飛び散る赤が飛び散った。その赤と、見開く長谷川の目が堂園の脳裏に焼き付いた。
焼き付いた光景に体が硬直する。なんとか、糸の切れた人形のように倒れてきた長谷川を咄嗟に支えることはできた。
「先輩!」
目を閉じる長谷川にどうすればいいのかとわからず堂園はただ、ただ叫び、呼ぶ。ジャケットをじわじわと侵食する赤。それよりも奥から赤く変化しきりそうなシャツが顔をのぞかせる。
その赤に堂園の心はかき乱される。
狂ったように長谷川を呼び続ける堂園に影が落ちた。堂園はゆっくりと顔をあげた。やせこけ、目が飛び出たような男が楽しげに顔を歪めている自分たちを見下ろしている。
「死んでないか」
うっとりとした声で福田はつぶやいた。堂園はその顔に声に殺意を抱いた。一度も実践では抜いたことがない銃に手を伸ばした。
怯え、混乱し涙が滲む目にはっきりと憎しみが宿る。その目に福田は一層うっとりとした顔をした。恨みをもっった人間が死ぬ間際に見せる表現も福田は好物だった。
「その顔もすきだな」
「くそが!」
堂園がトリガーに指をかける前に福田の顔が勢いよく揺れた。福田は何が起きたかわからず、痛む顔面を襲える。堂園は福田の顔面に直撃したものの出所のほうへ顔を向ける。
しかし、堂園が振り返りきる前に黒い物体が素早い動きで過ぎ去った。
「ぐうぇ!」
黒いものの動きに混乱していた脳がついていけず、堂園は最後まで顔を動かした。そこには拍手をする隠岐、慌てた様子で堂園へ向かってくる黒木の姿があった。
「(なにが起こっている・・・・・・)」
と苦しそうな福田の声へ顔を戻した。信じられない光景が広がり、堂園は間抜けに見上げた。
白いものを口から出す福田の上に器用に乗っている尊が、堂園を見下ろしている。
「若!」
「さすが! 総長!」
近寄ってくる神林組にどうすればいいのか訳が分からない堂園。その呆然している目に尊は呆れを十分に入れ込んだ、ため息をつく。堂園は肩を震わせた。
「あなたは刑事ですよね。落ち着いてすべきことを考えなさい」
静かな声に堂園は意識がすっと、まとまったような感覚になった。堂園は
「(先輩が先だ!)」
と長谷川をみた。傷口を押さえ、マイクで本部に救急車と応援を要請する。
「はぁ」
尊は苛立ちの息を吐き出し、吐瀉物を口から流す男の腹をグリグリと踏みつける。
「それ以上はやめてください!」
刑事意識を戻した堂園の言葉に黒木と隠岐以外の神林組ははらはらと堂園と尊をみた。今の尊に逆らうなど愚かな行為でしかないというのが神林組の総意だ。
しかし、はらはらに反して尊は楽しげな笑い声をあげた。
「ははは! やはり刑事ですね! そうでなくては」
そういうと膝を曲げて少し力を込めながら福田の腹から降りると尊はポケットに手をいれた。そのまま、堂園を覗きこんだ。
サングラスの向こうにうっすら見える目を負けじと堂園は見つめ返す。これも刑事魂というやつかと尊は小さく笑った。
軽く手を振り、神林組を引き連れて去る尊に堂園刑事としてではなく堂園として尊に頭を下げた。尊がいなければ自分もそして長谷川も無事ではなかった。それに長谷川をろくに処置できずに死なせていたことだろうと堂園は不甲斐ないと自分を叱った。




