情報は伝説となった警察官に
警視庁捜査第1課、堂園が先輩刑事たちに『伝説の男』と笑い半分に称えられていた。こともあろうに神林組総長 神林尊を知らなかったとはいえ引き留め、足を洗うように説いたというのだから。これをたたえずにどうするというもの。
「うぅ、だって雰囲気が全然違ったんですよ。ねぇ‥‥‥先輩」
「俺を巻き込むな。確かに、どこにでもいる大学生といった感じだな」
長谷川は縋る堂園を引きはがしながら尊のことを思い出す。映像から感じた『鋭い空気を放つ男』と午前中の『さわやかな空気を放つ男』はいまだに完全一致していない。
「まぁ怒られることもなく済んでよかったな」
「うぇ?」
「神林組に勝手に警察が行ったようなもんだ‥‥‥いらない波風を立てたとして良くてお叱り、左遷だな」
長谷川の言葉に堂園はもう関わりたくないと情けない声を上げる。そこへ苦い顔をした課長が近づいてきて信じられないことを堂園と長谷川に声をかけた。
「副総監がお呼びだ。長谷川もだ」
「お、れも‥‥‥ですか」
長谷川まで死刑宣告を受けたような気分だ。周りを見れば手を合わせる同僚が自分たちを囲んでいるのをみて、あとで覚えておけよと泣きそうな堂園を長谷川は副総監室に引っ張った。
副総監室に近づけば近づくほど重力が増し足が思うように動かないような気がしてくる。副総監室の扉をゆっくり3回ノックすれば、この前聞いた山戸の
「入れ」
という声が耳に届いた。深呼吸を3回すると覚悟を決めて長谷川は脅えた表情の堂園を連れて入室する。
「捜査第1課3係長谷川、参りました」
「同じく堂園参りました」
扉を閉めすぐに頭を下げる。これであってるっけ?などと正しい礼儀に焦る心で頭を悩ませる。
「呼び出して悪かったね。この人が君たちに渡したいものがあるそうだ」
山戸の言葉に顔を上げ山戸の前に座る後頭部を見た。その後頭部はすっと立ち上がり、ピシッと決まったスーツを着こなしていた。その雰囲気と来ているものにどこかのキャリア組かと2人は思う。
しかし、違った・・・・・・ 振り返った男は2人ににこやかにこう、あいさつした。
「先ほどぶりです」
ワックスで少しバック気味に整えられた髪型に伊達眼鏡をかける尊の姿があった。
「さっき‥‥‥あっ」
堂園も長谷川も驚きの声を上げ、目の前に立つ人物が尚更わからなくなった。知的で優しそうな印象を与えるいうなればキャリアのような雰囲気を醸し出す尊に目を白黒させる。
「やはりぱっとは気が付きませんね」
尊は気が付かれないことに心の中でガッツポーズを決めた。朝の格好では失礼に当たる、かといって総長としての格好で警視庁を訪れることは憚られるような気がする尊は今のような格好で訪れる。これがなかなか警視庁だけでなく、どこにでも溶け込めるから尊としては楽しいコスプレイベントだ。
「いやぁ、いつも思いますが総長はころころ雰囲気が変わってなかなか気が付けませんよ」
「誉め言葉として受け取りますね‥‥‥っと時間が」
山戸の後ろにかかる時計を見て尊はポケットから小さなケースを取り出した。差し出されたケースを堂園にどうすればいいのかわからなかったが長谷川の目を見て恐る恐る受け取った。
「では私はこれで。副総監、お邪魔しました」
「わざわざありがとうございました」
出ていく尊にヤクザに頭を下げるのはと納得いかないものの頭を下げる副総監にならい頭を下げた。扉が閉まり3秒ほど間が空いたが堂園は手のひらの小さなケースを開ける。
「SDカード?」
「強盗殺人が発生した時の監視カメラの映像だ。参考になれば幸いだそうだ」
「なぜ?ときいてもよろしいでしょうか」
長谷川は堂園のSDを見ながら訝しむ声を漏らす。山戸は湯飲みのお茶を飲みほし立ち上がった。堂園と長谷川に面白いというような笑みを浮かべる。
「昔から協力関係にあるが6代目になってからは前よりも協力している。なんといってもカタギに迷惑をかけることをよしとしない堅物だ」
「はぁ」
「堂園を気に入ったようで目をかけてほしいと頼まれた。それをもって捜査に戻りなさい」
山戸の協力関係にあるという言葉に少しショックを受けながら副総監室から無事に退室して、堂園は横を歩く長谷川に不安そうに縋る目を向けた。
「これ‥‥‥ウィルスとか入ってませんよね」
「さぁな、鑑識に回そう」
長谷川は厄介なものに気に入られたものだとSDに視線を戻す堂園を見る。関東最大組織6代目総長、神林尊に気に入られたなんて自慢にもならないと堂園のことを考える。しかし、考えたところでどうにもならないわけで苛立った長谷川は頭をかきむしった。
「大丈夫ですか?先輩」
「大丈夫じゃないのはお前だ」
長谷川は堂園の頭もかきむしって押しつぶすと先を歩き出した。
「課長、戻りました」
「副総監の要件は何だった」
戻ってきた堂園と長谷川に捜査第1課馬場課長は駆け寄る。ずっと不安な思いで待っていたのだ。もしかすると自分の進退にもかかわるかもしれないと気が気ではない。口ごもる長谷川に馬場は何を言いよどむ、と訝し気に見つめ堂園に視線を向けた。
課長の視線に堂園もなんて報告すればよいのか悩み言葉が出ない。
「おい」
「強盗殺人周辺の監視カメラのデータを頂戴しました」
長谷川はSDカードのことだけをまずは報告した。神林のことを報告せずに済んでほしいと願った。
「それはありがたいことだが、なぜ副総監が」
「その‥‥‥神林組からの提供で」
堂園がポツリと答えると馬場が椅子から立ち上がり目を丸くして堂園と長谷川を凝視する。ほかの捜査員もひそひそとマジかよとつぶやいているのが聞こえる。
長谷川は堂園のカミングアウトにため息をついてからと驚愕から腰を上げた馬場の耳に顔を寄せた。
「どうも、堂園を気に入ったようで事件解決の糸口になるならと総長が直々に」
小さな声で囁かれた言葉に馬場は丸くした目を更に開き小さくなっている堂園を見る。身を小さくし自分を見る堂園に詰めていた息を吐きだし馬場は椅子に座り直す。
副総監が堂園を何もしていないということはこのままでよいのだろうと一旦考えることを放置した。
「それで映像からなにかわかったか」
「はい。映像の一つに怪しい男が映っておりました。これがその男です」
長谷川は印刷した映像を差し出す。差し出された紙を馬場が見れば目がくぼみこけた男が印刷されている。目が飛び出しているように見え不気味な顔つきだ。
「前科がないか身元を調査しております」
長谷川の言葉とタイミングを合わせたかのように資料をもって小太り鑑識員が入ってきた。
「お待たせしました! 前科ありました。福田隆太 45歳。銃刀法違反、窃盗で捕まってます」
事件資料の張り出されたホワイボードに資料を張り付ける。捜査員がわらわら集まり資料を確認しメモしていく。
「かなり危険な男だな。今も銃を所持しているかもしれない。すぐにこの男を捕まえるんだ」
馬場の指示が捜査員たちに飛ぶと捜査員たちは返事と共に外に駆け出して行った。




