面倒から帰る算段
「こちらです」
新宿の雰囲気だけでなく実際高いわけであるが高級感あふれるクラブに聖が尊を案内した。聖は車から降りると尊よりも少し早く店内に入る。
「これは聖親分」
店員が店内に入ってきた人物が聖だと気が付くと丁寧に声をかけるのに聖は顔をよせ耳打ちした。
「総長をお連れした」
と・・・・・・
これは店だけでなく聖自身のためでもあった。尊には良い印象をもってもらわなければ、次の総長の座が遠ざかると心配している。
聖の言葉に店員が真剣な表情で頷けばちょうど、そこに黒木と数人の組員を引き連れる尊が店に入ってきた。尊もたびたび組の庇護下にある店には顔と金を見せるようにしていたが、この店はまだ来たことがなかった。ゆっくり店内を見渡す6代目総長を初めて目にした店員は、失礼にならない程度に深く頭を下げ歓迎の言葉を述べる。
「ようこそお越しくださいました」
挨拶をうけた尊は店内を見渡していた目を店員に向け、その後ろから近づく女性をとらえた。駆け寄ってきた着物の女性に微笑み、素直な感想を伝えた。
「良い雰囲気のお店ですね」
「ありがとうございます。この店のママでユキです。本日はようこそお越しくださいました」
すぐに駆け付けたきれいなシルバーグレーに小さな花がよく映える着物を身に着ける小綺麗なママは尊に柔らかな微笑みを見せた。尊はきれいな女性だと素直に思った。控えめながらやはり、そこには花があった。
「素敵なママもいるとはますます気に入りました」
歯の浮くようなセリフも尊の口から流れると嫌味がなく、ママもこれには珍しく頬を少し染めてしまった。
「ありがとうございます。お若いと聞いておりましたがこのようにかっこいい総長でしたとは」
「極道らしくない顔だとよく言われます。今日はぜひママにお酒を注いでもらいたいですね」
「ぜひ、お席はこちらです」
ママと尊の会話に黒木や組員は何も思わないが、初めて尊とクラブに来た聖は驚いた。
「黒木」
「なんですか」
聖は黒木を引き寄せる。
「いつもあんな感じなのか、総長は」
「普通ですよ」
黒木の答えに少し間をおいて感心したように聖眉を器用にあげる。
「普通か、女たらしだな」
聖は意外な尊の一面を知った気がした。尊は女のおの字も感じさせないため、
「(童貞の女の子が苦手な初心男だ)」
と聖は思っていた。その初心男が手慣れたようにママと会話を弾ませ、頬を染めさせるとは聖の予想を超えていた。黒木は感心したような驚いた顔をする聖に同情した。
普段の尊はそこら辺にいる若者という感じで、今のようなスマートな軟派男ではない。先に席に向かう尊のもとに黒木は行こうとたが足を止めて振り返る。黒木は口をにやりと歪めた。
「総長のあれは無自覚だから」
「‥‥‥はぁ?」
じゃっと黒木は手を挙げて尊のそばに向かう。固まってしまった聖も尊の呼ぶ声に意識を戻し近くに席へ呆けた顔のまま急いだ。
案内された奥にある隠れた席にはすでに3人の男と露出度高めの服の若い女が座っているのに尊はすぐに脳内で帰る算段を始める。どう考えても面倒なやつだと尊は心のなかで顔を歪めた。
尊がそんな算段をしているなど気が付くわけもない聖は先客に声をかけ、3人の男が立ち上がり頭を下げ、ならうように女も頭を下げて尊たちを歓迎した。
「待たせたかのー こちらが6代目総長だ」
「初めまして。メリッサ芸能事務所に勤めております野口と申します。こっちが原田、そしてアイドルの柏木未来です」
「聖組傘下尼木組系菊池組組長菊池と申します。よろしくお願いいたします。」
差し出された名刺を尊は後ろにながすと黒木が受け取り胸ポケットにしまう。ヤクザが名刺を渡してきたことに少しばかり驚きつつ、尊は腰をおろす。
「(さっさと帰ろう)」
と思いながら
ソファに腰を掛けると未来が尊の横にすわり体をつけて尊の太ももに手をおく、尊はそれを軽く無視してユキに酒をついでもらう。それを傾けながら動かした尊の目に聖の気持ち悪い笑みが映る。
「聖さん、本題はなんですか」
足を組み直しさりげなく未来を遠ざけ尊は直球で聞く。尊の直球すぎる問いに聖は顔の前で手を振る。
「本題もなにもないですよ! 未来ちゃんの事務所と好意にしてるから紹介しようと思っただけです」
「そうですか」
尊は聖がろくでもないことを考えているとすぐにわかった。聖の顔がそれはそれは下卑たものになっているからだ。こんなにもわかりやすい男で大丈夫だろうかと尊は不安になるがとりあえずいい時間になるまで楽しもうとグラスを開けるとユキにもう一度注いでもらう。
「総長さんはいける口ですか」
「お付き合い程度には、ママも飲みませんか」
「頂戴します」
尊は遠慮するユキに自らウィスキー注ぎながらグラスに添えた手がとてもきれいだとみてしまった。特に薄桃色の爪が光を艶めかせるのが尊の目にとても清潔できれいなものに見えた。
「とてもきれいな手ですね」
ユキはグラスを机に置くと恥ずかしそうに指を隠すように手を合わせた。こういう店なので女を褒める男は多くいる。しかし大体は
「今日もかわいいね」
「きれいだね」
という言葉で尊のように褒めてくれる男はそうそういない。尊が褒めたところはユキが小さな部分もしっかり手入れをしないとと気にしてきれいにしている部分であった。自分が頑張っているところを褒められてうれしくないはずがない。
しばらくしてユキは申し訳なさげに別の客のところに移動するのを見計らい尊に未来が声をかけた。
「あのぉ」
体をもう一度すりよせてくる未来に尊はサングラスの奥で目を細めた。未来は体を寄せても目を向けるだけで、反応しない尊に諦めず猫なで声で誘った。
「総長さんってかっこいいですよねぇ! サングラスもすごくかっこいい」
「ありがとうございます。柏木さんはかわいらしい」
「本当ですかぁ! うれしい!」
未来は胸の前で手を組ながら恥ずかしそうに頬を染める。尊はサングラスの奥で腕時計を確認するとにこりと微笑むと立ち上がった。
「総長?」
急に立ち上がった尊を不思議そうな声を聖は上げた。黒木たちは何となく尊が長居しないだろうと予想していた。
「今日はお誘いありがとうございます。わたしはこれで失礼します」
失礼といいながらソファから抜け出す尊に聖はグラスを持ったまま立ち上がった。
「いやいや!? まだこれからじゃないですか」
聖が懸命に引き留めるが尊はにこりと口に笑みを浮かべるだけだ。
「まだやらなければいけないことも残っているので」
尊は聖たちに背を向けた。
「そんなこと言わずに」
聖は何とか引き留めようとするが尊は振り向くことなく手を軽く振り入口に向かってしまう。野口は未来にまくしたてるように指示を出した。
「なにをしている、未来!追いかけなさい」
未来は頷くといわれるがまま尊を急いで追いかけた。離れていく未来の姿に原田は眉を顰め、野口にばれないように睨み付けた。
どかっとソファに深く腰を下ろした聖に菊池が弱った声をかける。
「聖親分・・・・・・」
「心配するな。総長だって男だぞぉ~! あんなかわいい子に迫られたらなぁ! へへへへ」
下品に笑う聖の横に店員がやって来た。
「総長様から皆様にと」
店員の手からワインを聖は受けとるとラベルを確認し店で1番高価なワインに聖はおぉと感嘆の声を漏らす。
「さすが! 総長だ」
どぼどぼと遠慮なくグラスに注ぐと聖はワインをあおる。その姿は素敵なほど現金な男である。
そんな聖をユキは残念なものを見るような眼で着ていたが、ユキの視線の意味に気が付くわけもない聖は嬉しそうに手招きする。
「ユキー! おいで」
「はい」
聖の機嫌のよい声に呼ばれてユキは聖のもとで酌をしながら心の中で総長さんは良い男なのにと思っていた。どうして幹部の男は残念なのかしらと思った。これにはほかの幹部が一緒にするなと怒っているところだがユキは声に出していないしほかの幹部もいないのでセーフだ。
尊の静かに飲んで、帰る際にはワインを聖のほかに店の人で楽しく飲むようにと手配して帰るスマートさにはママも驚きほれ込んだ。