嘘ではない
『地獄絵図』を作り出した『慈愛あふれる天使』、神林尊は山戸副総監に呼び出しを受けていた。
「先日、総長のところの應武組が経営する居酒屋に強盗が入り2名死亡、数名負傷したが、昨日は千葉のビルで大国組系鷹取組の組員3名が殺されていた」
「そうですか」
「総長、なにか知らないですか」
山戸は尊の顔色をうかがうが何も変化がなく、動揺は見られない。尊は優雅に出してもらった珈琲に飲む。
「私は私のものを襲ったやつをどうにかしたいのです。そのような組のことまで知りません」
「・・・・・・では、應武組を襲った犯人を見つけたらどうするおつもりですか」
山戸の問いかけに、尊は口角を上げてカップを音をたてず机に置く。笑みを浮かべる口とは違い何も読み取れない瞳が山戸を見つめる。山戸はぞくりと背中になにかを感じた。
「殺す」
尊は言葉と共に目に殺意をはっきりと浮かべた。目をわずかに見開き固まる山戸に雰囲気をやわらげ微笑んだ。先ほどまでの殺気が夢だったのではないかと思えるほどの変貌に山戸は心臓を震わせた。
震わせた心臓をそのままに立ち上がる尊から山戸は目を離さない。
「冗談ですよ。見つけたら警察にお届けします」
「そうしてくれると助かります」
山戸が伝えれば、尊は振り返りサングラスをかけながらにやりとした笑みを浮かべた。
「まぁ少しは痛めつけても許してくださいね」
尊の背中を隠した扉を山戸はしばらくの間、見つめていた。そして意識を戻すと尊の様子から無関係化と判断を下した。
「大国の一件に神林組は関与していなさそうだな」
扉に背を預け気配を消していた尊は小さな声にさらに笑みを深くする。思惑通り勘違いを起こしてくれた山戸に尊は感謝した。熊野道が勘違いするのも無理はなかった。尊から発せられた殺気は本物であり、物騒な発言も本心だ。
違うとすれば、殺すは殺したであり、痛めつけるは痛めつけた。すべてが過去系なだけ・・・・・・