現れた大国組
六本木神林組本部ビル大会議室につぎつぎに幹部が入るが、総長席で尊はじっと黙っている。顔の前で指を組み微動だにしない尊。幹部はなにもいえず、とりあえず静かに席に座った。ちらちらと尊の顔を伺うが、その表情からは何も読み取ることができない。
尊の目は真っ直ぐ前を向いているが焦点はどこにもあっていなかった。それもそのはず尊の頭の中では考えられる可能性とそれへの対応策が駆け巡っていた。異様に静かな会議室に本居がノートパソコンをもって入ってきた。
「総長!」
本居は会議室の雰囲気など気にせずに尊の前にPCを置くとすぐに調べ上げた資料を見せ、尊の顔は資料を進めるごとに険しいものに変化する。資料には居酒屋周辺のカメラから犯人を追跡し拠点を発見したこと、そして犯人が関西最大暴力団組織、大国組系鷹取組であることが突き止められていた。
「本居」
尊に呼ばれれば本居は尊が鷹取組の資料が欲しいことのだと判断し資料を見せる。尊は確認した資料から鷹取組だけであれば遅れをとることはない思う。
しかし、大国組自体が関わっているとなれば別だ。
大国組と直接対峙せずにどう殺すかを尊は考える。PCから顔を上げた尊の目は恐ろしく澄み切りPCのライトを受け冷たい光を纏う。
「総長」
「・・・・・・隠岐さん」
この1か月姿を見せなかった隠岐も険しい顔で大会議室に入り真っ直ぐ尊の前に歩いてくる。尊の前に立った隠岐は腰を前に倒し尊の耳元に顔を寄せた。
「大国組が組員を大勢引き連れ江東区大島に集結しております」
「‥‥‥わかりました」
尊は隠岐の報告にやはりかと思う。しかしこれで尊も無茶なことはできなくなり神林組として復讐は難しくなった。尊はたぎる復讐心を奥底にしまい込み、立ち上がる。
「敵のことがわからない以上、変に騒ぎ立てないように。もし何かあればすぐに連絡してください‥‥‥そして最後に」
尊は言葉をきると一人ひとり幹部の顔を見る。特に聖と栄は長めに見つめる。
「勝手な行動はしないでください。應武さんにも伝えてください」
ぶつくさぶつくさ言いながら聖と栄がそしてほかの幹部も大会議室を後にする。尊は奥底にしまってもあふれそうになる復讐心を押さえるように深く椅子に座り天井を見上げた。
「どうします? 総長」
隠岐が天井と尊の間に顔をいれ、尊を覗き込んだ。
「やり返す」
隠岐が間に入っても視線は真っ直ぐ動かず、尊の声も抑揚なく返事を返すのに隠岐は顔を引っ込めった。尊はどうすればいいか考え続ける。
「大国組とやりあってもいいですよぉ。俺たちは」
「大国組のために無駄な血を流す必要はありません」
「ではどうするのです」
「本居」
いきなり呼ばれた本居は口から棒付きキャンディを床に落とす。本居はカーペットに少しくっつくキャンディを拾い上げ尊を見上げ、尊も下にいる本居の顔のほうに降ろしていた。
「犯人の行動を監視しろ」
「はい!」
「隠岐」
「へい!」
「大国組の同行を見張れ。還田、隠岐と一緒に行動しろ」
「「へい!」」
さっそく動き出す隠岐に還田は従い大会議室を出て、隠岐の顔を見てぎょっとした。この状況にもかかわらず隠岐の顔はきらきらと輝き嬉しさが溢れていた。
「頭? うれしそうですね」
「そりゃぁ! うれしいさ! 俺はな総長に命令されるのは幸せなのよ」
「まじですか」
まさかの隠岐の解答に還田は若干引きながら突っ込むように返事を返してしまう。隠岐にそのような趣味があったとは還田は思いたくなかった。還田の顔を隠岐は楽しそうに笑った。
「お前も高揚感を覚えないか、還田? あの総長としての顔に声に命令に」
「たしかに‥‥‥高揚感を覚えることがたまに」
隠岐は一層楽しそうに笑い
「同類だ」
と還田の肩を一発叩くと車に乗り込む。
還田は隠岐の『同類』という言葉に喜んでいいのか悩み立ち止まる。たしかに還田も総長としての尊、極道としての尊にぞくりとした寒気と高揚感を覚えている。
「でも頭みたいに、にやけたりはしてない・・・・・・はずだよな」
「何をしてる。さっさとのれ」
「へい!」
車に乗り込む還田は気が付いていないだけ。東北事件の時に初めてまじかに見る残酷な顔をのぞかせた尊に口角を上げていたということに・・・・・・
やはり一般人、常識人にはなりきれることはできない。