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蛇の手  作者: 黒月 明
3/3

蛇の手

前回のあらすじ。


 ミミックかな?

 まぁ、いいか。


 最後の、残された箱を持って鍵を閉める。

 道場から物置までは、約100mほどの距離がある。

 一直線に進めればそうでもないが、道場から一度外に出て、裏口から神主お宅に入った後、廊下を何度も曲がらなければならないのだ。

 案外遠い。


 道場を出て裏口から入る。 電気の点いていない、日の光もあまり入らない薄暗い廊下を歩いていると、昂の父が物置から出てきた。

 持ってきた箱を見て「ぁ……それかぁ」と呟いた。


「ありがとうね、これで最後?」

「はい」

「それは開きっぱなしの引き出しの、空いてる隙間に収めておいてくれるかな。 入るはずだよ。 ついでに、出る時は戸に鍵かけておいてほしいな」


 分厚い頑丈な南京錠に目が行く。

 最近買い換えたらしいことが光沢で分かった。


「じゃぁ、閉めたらそのまま帰りますね」

「うん、三日間、お疲れ様」

「お疲れ様です」


 そこで、昂の父とは別れた。


 また、一人になる。

 物置内を覗くと、窓の無い室内は廊下よりも暗く、どこよりも湿っぽかった。

 とはいえ、何も見えない訳ではない。 目を凝らせば棚に置かれた荷物の隙間から、棚の後ろの壁が見える。

 色までは暗すぎて識別できないが。


 それにしても見事なまでに配置が一緒だ。 掃除する前と何も変わっていない。

 入口のスイッチを押して電気を点ければ、拭き取った埃や壁のシミなどが綺麗に無くなっているのが分かるのだろうけれど、持っている木箱を箪笥に入れるだけなのだから、今以上の光量は必要ない。

 薄暗い、というか、薄明るい物置に入る。


 一直線に、下から二番目が開けっ放しの箪笥に向かう。

 覗くと、一目でここだと分かるくらいに、計算し尽くされた空間が空けられていた。

 実際に入れてみる。


「おぉ、すげぇ」


 組み木パズルのように、誤差なくピタリとはまった。

 指の摩擦で取り出しやすいよう、隣接する物との高さは揃えていない所にも感心する。


「ん?」


 ふと、視界の隅に、聞き覚えのある、見慣れぬ文字があったのに気が付く。

 蓋の札には、達筆な筆で『蛇の手』と書かれてあった。


「蛇の……手?」


 ふと、懐かしい記憶が蘇る。

 小学三年の夏休み、昂の部屋で遊んでいた時だ。

 昂は内緒だよ? と切り出して、言った。

『蛇の手って知ってる?』

 昂曰く、蛇の手とは所有者の願いを叶えるアイテム。

 昂曰く、所有者の要らない物を代償に……。

 そんな奇跡のようなアイテムがこの、鳥居家の神社には封印されている……という話。


 俺は、吸い込まれるように『蛇の手』と書かれたその箱を取り出した。

 小さな、掌サイズしかない長方形。 将棋の駒を入れる箱を眼鏡ケースサイズにしたような、封印も何も施されていない、何も入っていないかのように軽い木箱。


 開けてはいけない……よな。

 と、思うが。


 すぐに戻せばよかったのだろうが、せっかく見つけた伝説級のお宝を、俺はそんなにすぐに、手放す気にはなれなかった。

 蓋は開けなくてもいい、この、宝くじで三億が当選したみたいな、庭先でツチノコを捕まえたような、抑えきれない興奮を今すぐ誰かに伝えたい。 そして自慢したい。

 感情が喜びに溢れ、胸が高鳴り、持っているだけで緊張する。


「いやいやいや、ここはよりにもよって神主の自宅だぞ。 いくらなんでも血の繋がらない俺が自由にしていい物なんて無いんだから」


 自分に言い聞かせるが、それでも、箱を手放すことは出来なかった。

 手が、多方向から攻めてくる様々な感情に翻弄され、小刻みに震える。

 そして俺は、記憶の片隅から、一つの逃げ道を絞り出した。


「そういえば、昂と約束していたんだ」


 昂は言った。 蛇の手には、メディアなんかでよく聞く悪魔的な契約やら、人を呪わば穴二つ的な要素は無い。

 ただ単に、要らない物と願った物を交換するだけ。 それだけの、失うものは小さく得るものは大きい。 それこそ、未来から来た猫型ロボットでも取り扱っていない魔法のようなアイテムだって。


『あるのか?』

『どこかにあるって、お父さんが言ってた』

『じゃぁ探すか!』

『うん!♪』

『でさ、――』

 そこで俺は、身を乗り出して言った。

『――見つけたら僕にも貸してよ!』

 昂は頬を高揚させ、楽しそうな笑顔で頷いた。

『うん!』

 しかし、結局見つからなかった。


 そんなことを思い出しつつ、改めて箱を見る。

 『蛇の手』は今、俺の手に……ここにある。

 あの日、見つけられなかった思い出が今、時空を超えて叶ったのだ。


 息を飲む。

 本当なら、昂に見せてからにしたいのだが――


「いい……よな。 中に入っているか確認するくらいなら」


――俺は、どうしようもない好奇心に身を任せ、ゆっくりと、蓋を取った。


 カパッ。


「…………」


 中は、如何にも高級品といったような、家主を保護する白い布で四隅をふんわり固められており、その中央に、鱗で覆われた爬虫類のような形状の手。 人間でいう、指先から肘の関節で切断された、ミイラ化した腕があった。


 あった……。


 正直、空でした(笑)ってオチになりそうだと思ってた。

 馬っ鹿じねぇのぉ~? みたいになって、ベッドで悶え苦しむことになるかと。


 本物……なのか?


 改めてよく見る。

 蛇かは分からないが、小さい、小指の第一関節くらいのサイズしかない。


「これが、蛇の手」


 蛇に手なんて無い。 しかしこれは、確かに蛇の手だと言われたら信用してしまいそうな、そんな、神秘的な空気を匂わせる代物だ。

 いや、そもそも所有者の願いを叶える蛇の手が、俺の知っている一般的な蛇に生えていると思う方がおこがましい。

 願いを叶える蛇の手なのだ、それこそ、神の使いに選ばれるような、俺なんかが見たことも無い形状をした存在に違いない。

 どんな腕をしていようとも、俺には判断に足る材料は持ち合わせていない。

 見たままの真実を受け入れるだけだ。


 鱗は、ミイラ化してはいるが純白で、真珠のような冷たい輝きを放っている。


「触っても……いいよな」


 衝動的に、そう思った。

 蛇の手は持ち主を選ぶわけではないし、悪意や雑念を読み取って指を切り落とすような反撃もしない。

 持ち主を選ばず、所有者となった者の願いを叶える。

 それが蛇の手だと、確か探し回っていた時、昂は独り言のように繰り返し呟いていた。

 どのみち、今、所有者になりたいわけではない。 それを最初に叶えるのは、鳥居家の一人娘である昂だけだ。

 俺に先を越す権利などない。

 ただ少し、触ってみたかっただけだ。

 なんて、言い訳がましい言葉ばかりが頭を過り……一思いに決心した。


 触ろう。


「…………」


 人差し指の腹で、慎重に触れてみる。

 手首の辺りに指を重ねる。

 何も起こらない。

 ホッとする。

 そんな俺の指先に、冷たい、細やかな鱗の凹凸が伝わった。 一つ一つの鱗は、本体が乾燥しているにも関わらずつるつるで、滑らかな氷細工を触っているような錯覚さえ及ぼす。

 とはいえ、肝心なのは見た目ではない、見えないものだ。


 ……そうだ。


 そこからは、衝動的だった。

 イタズラ心のような、誰もいないからって悪いことをしたくなるような。

 スリルを求めるような。


 つまり、魔が差したのだ。


 親指と人差し指で繊細な宝石を扱うように、蛇の手を箱から取り出す。

 箱は元の場所に置き、蓋で塞がっていたもう片方の手を解放するため、蓋は蛇の手が入っていた箱に戻した。 足元に置いたら暗くて見づらいし、踏んで割ったら取り返しがつかないだろ?


 解放された掌に、蛇の手を置く。

 軽い。

 水分が無いせいか、羽毛のようにまるで質量を感じない。

 こんな物が、本当に願いを叶えてくれるのだろうか。


「……馬鹿馬鹿しい」


 今になって、現実的な思考で脳が冷める。

 目が覚めた、といった感じだ。

 何が蛇の手だ。

 こんな干物、財布に入れたらお金が貯まる蛇の抜け殻と同じじゃないか。

 ただのお(まじな)い。

 噂話。

 昔話。

 昂だってもう、こんな霊験あらたかな代物のことなど信用していないだろう。

 だから、探すのを諦め、話題にもしなくなったのかもしれない。


「…………」


 俺は、(おもむろ)にポケットから財布を取り出した。 財布と言っても、昔から使っているジッパーの、掌サイズの小銭入れだが。

 所持金は740円。

 蛇は蛇、それが手だろうと抜け殻だろうと関係ない。 なんせ、ただのお呪いなんだから。


 俺はしてはいけない事だとは承知の上で、すぐに返すことを前提として、蛇の手を財布に入れてみた。

 傷が付かないように、間違っても潰さないように、そっと入れ、ジッパーを閉める。


「…………」


 あの頃やってみたかったことを、やってみた。

 なんか、ずっとモヤモヤしていた内心がスッキリする。

 あの日、何時間探し回ったことか。 少しくらい夢を叶えても罰は当たらないだろう?

 ご丁寧にも引き出しを閉め、犯罪ギリギリなスリルを一時だけ……俺はズボンのポケットに財布を戻した。


「……フフッ……」


 笑みがこぼれる。


 ……さて、悪ふざけはここまでだ。

 いくら実家のような感覚とはいえ、これ以上はいけない。

 一分一秒でも早く、蛇の手を箱に帰し、土下座して非礼をお詫びしよう。


 引き出しに指をかける。

「帰っちゃうの? 燕ぇ……」

「ふぉっ!?」


 湯上りの昂が、火照った体にパジャマ姿で、濡れた髪をタオルで拭きながら現れた。

 慌てて引き出しから手を離し、身を捻りながら立ち上がる。


「い、いきなり後ろから現れるな!!」

「はははっ、幽霊かと思っちゃった?」


 昂が冗談半分に、口元を綻ばせる。

 俺はそんな昂に悟られないよう、昂の目から目を離さずに、嘘を見破られないように言った。


「お前、幽霊なんてものを信じているのか?」

「巫女さんにそれは愚問だよ。 で、きょうは燕の好きな唐揚げにするつもりなんだけど、食べて行かないの?」

「あぁ、遠慮しておく。 今日はとにかくもう寝い」

「そう、疲れたもんね。 帰りに倒れられたら責任感じちゃうし、私の部屋で寝ていく?」

「それも遠慮しておく。 爆睡したら明日に響くからな」


 そもそも、寝れる自信が無い。

 なにより! 明日は月曜、学校だ。


 そそくさと足早に、物置を出て戸を閉め、南京錠をかける。

 ガチャッ。

 昂は髪を拭いていたタオルを肩にかけ、クシャクシャに縮れた髪を手櫛で整えながら言った。


「また、明日」


 俺は、昂の顔を見れなかった。


「じゃぁ……」


 そのまま、何食わぬ顔で急ぎ足で廊下を進み、玄関を抜けて外に出る。

 いつの間にか浸食していた星空の下、硬い石段を駆け降りて、俺は寄り道することなく家に向かった。

次を……いつ投稿できるかな。

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