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蛇の手  作者: 黒月 明
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五雲 燕

更新遅すぎてすみません。

数年前に書いていたものなので、修正個所が多すぎて手が進みませんでした。

ではまた、後書きで。

 11月25日、日曜の休日。

 ソレを見つける数時間前。


 幼馴染である鳥居(すばる)宅で、俺はこの(かん)、丸一日かけた家族総出の大掃除を手伝っていた。

 なんでも、ネズミが住み着いたらしい。

 

 鳥居家は何世紀も前からこの地に根付く、由緒正しき神社である。

 とはいえ、霊験あらたかな山を登った中腹にとか、海岸近くに豪勢にとか、そんなお堅い立地条件でも名の知れた神様が(まつ)られているわけでもない。

 50程度の石段を上った小山の頂上に、神主一家の暮らす一戸建てと、赤と白が印象に残る最近ペンキを塗り替えたばかりの外面だけ真新しい本殿があるだけだ。

 砂利の庭、おみくじの結ばれた神木、お守り販売所。

 幼い頃から毎日通い詰めていたせいか、『神社』と言われればこの場所が必ずイメージとして浮かぶ。


 鳥居神社。


 でも鳥居の無い神社。


 海からも川からも離れた、住宅地のど真ん中にそれはある。



「終わりました。 じゃぁ次、隣に行きますね」


 14時。

 昼食を鳥居家で済ませた俺、五雲(いくも) (つばめ)は、バケツに潜らせた雑巾をきつく絞り、節電の一環で照明を点けていない薄暗い物置部屋の隅でせっせと壁のシミを擦っている神主に、自分の役割が一段落したことを報告した。

 灰色に染まった雑巾を片手に次の、隣の物置へ移動しようと立ち上がる。


「あぁ、燕くん」

「はい?」


 足を止めて振り向くと、神主(昂の父)は壁を雑巾で拭きながら言った。


「次は隣の隣、に行ってくれるかな」

「隣の隣……ですか?」


 戸惑う俺に、神主が振り向き、穏やかな声で優しく微笑む。


「うん、そう。 荷物は出しておいたから」

「あぁ、分かりました」


 それなら、と二つ返事で物置を出る。


 廊下に踏み出した足の裏がヒヤリと冷たい。

 杉の渋い匂いが鼻孔を(くすぐ)り、フローリングの床に視線を流した。

 廊下も壁も、全て木材で造られている。


 唯一、鳥居家で異様なのは、この廊下の長さだろう。

 一階建てだからか、二階にいく筈だった空間分。 そして田舎特有の私有地が広い分、増改築で廊下や物置の面積も広い。

 そのため物置と物置の間隔は、一つの部屋の(じょう)が横に広いため、廊下を10メートルほど歩かなければ隣の物置には入れない。

 隣の隣へは、20メートル以上歩かなければならない。

 別に、億劫(おっくう)だとかぼやきたいわけではない。 それだけ、この家は物置に力を入れているという訳だ。

 お宅の半分が物置だと言っていい。

 つまり鳥居家には、物好きにも物置が三部屋、隣同士に造られている。

 早く倉庫を建てればいいのに……それほどまでに、特殊な荷物が多いらしい。

 こんな様子でも、何代と続く歴史ある神社だからな。 触らぬ神に祟り無しな物もあるんだとか。

 おぉ、怖い。


「燕!」


 廊下に出て、歩き出しそうとした直後、後方から幼馴染が現れた。


 俺より5センチほど背の低い、ショートカットの童顔。

 急な来客に備え、巫女服に身を包んでいる。 それが新鮮と感じない程に、俺は幼少期から昂の家に入り浸っている。

 だから世間一般的に人気のある巫女萌えが、俺には全く理解できない。

 俺にとっての巫女服とは、一種の作業着でしかないのだ。

 

 そんな昂が、長い袖をフリフリ揺らしながら、小走りで隣に並ぶ。

 そのまま二人で歩き出す。


「ごめんね、手伝わせちゃって」


 申し訳なさげに眉が下がる。


「気にするな、いつもお世話になっているお礼のつもりなんだから」

「謝礼金は弾むよぉ♪」

「それは良かったな。 前々から買いたがっていた洋服に手が届くかもしれないぜ」

「私に買ってくれるの? 燕は優しいね」

「お礼のつもりだから、当然だ」


 隣の隣の部屋に着く。

 引き戸は喚気のため、全開まで開かれていた。

 昂が「おぉ」と感嘆の声を漏らす。


「棚や箪笥(たんす)まで運んだんだぁ」

「らしいな。 もう年末近いし、折角だから普段やらない所にも力を入れてるんだろう」


 部屋の荷物は全て、昨日の内に運んでおいたらしい。


 昂がすっからかんとした部屋に入り、両手を広げてクルクル回る。

 コマのように。

 子供のまま体だけ成長したみたいな奴なのだ。


「箪笥、重かったんじゃない?」


 男手は少ないので、早朝から重労働だったのを思い出す。


「木製だったし、中身を出せばそうでもなかったよ。 ネズミはもちろん、細々(こまごま)とした木箱なんかは(いわ)くありそうで触りたくなかったから、お父さんに運んでもらった」

「お父さん、か……」


 意味あり気に言葉を区切る。


「私たち、夫婦みたいだね」

「じゃぁ、神主さん、か?」

「改めなくていいよぉ。 それに、それだと他人行儀みたいで嫌だからさ」


 回りながら、廊下に戻ってくる。

 そのまま廊下でもクルクルと回り続けていた。


「つばめ~」


 瞬間瞬間、俺と目が合う。


「何だ」

「止めてぇ~~」


 昂は泣きそうな声でそう訴えた。


「……相変わらずだなお前、何で回った」


 回転しながら向かってくる手を掴み、反動で足が(もつ)れる体を全身で支える。

 覗き込むと、面白いくらいに目が回っていた。

 ドジというより、天然の部類。


「さて、始めるか」


 立てるようになるまで待ち、俺は部屋の拭き掃除に取り掛かった。


 * * *


「はあぁぁぁぁ……」


 部屋に積もっていた埃を全て拭き取り、木の床や壁の汚れも擦り落とした頃には、時刻は16時を過ぎていた。

 辺りは夕焼け色に染まり、少し先の未来にタイムスリップした気分になる。


 もう、こんな時間か。


 腰が痛い。 明日になったら腕や足にも筋肉痛が今日の成果として現れるだろう。

 後日、湿布のミイラ化で発見されるかもしれない。


「お疲れ様です♪」


 昂が隣に腰を下ろし、お盆から湯気の立つ緑茶を二つ、縁側に置く。

 片方の湯飲みは、何度も来ている事もあって俺専用の白いコップだ。

 熱そうなので少しずつ口につける。 当然、中身は来客用の良い物ではなく、スーパーで半額になった安物だ。

 哀しいかな、俺は安物の方が口に合う。

 緑茶の香りが、埃っぽくなっていた鼻腔(びこう)や肺をリフレッシュさせてくれた。

 にしても、


「なぁ、時季や寒さを考えると温かいのは分かるが、今は一気に飲める温度が良かったかな……」


 肌は寒くても、熱と疲れが体内にこもっている。

 グッといきたかった。


「……氷でも入れる?」

「まだあるのかよ」


 もう11月下旬だぞ。

 猫舌なりの工夫だろうか。


 とりあえず、喉は潤ったのでお盆に戻す。 隣で冷めるのフーフーを待っている幼馴染みを置いて、立ち上がった。


「さて、荷を戻そうか」

「大丈夫?」

「問題無い」


 息を腹に止め、背伸びするように腰を捻る。

 ちょっと骨がコキコキ鳴った。

 付き添うように、昂も立ち上がる。


「お礼されるのはやぶさかではないけれど、無理だけはしないでね」

「しないよ、無理だけはしない」


 俺は作り笑いで、強がった……。



 色()せている部分に沿()って、棚や箪笥を昂の父と元の位置に戻していく。 その棚や箪笥は、さきほど昂と昂の母が、丁寧に拭いてくれていた。

 光沢がある。

 どんな拭き方をしたらここまでピカピカに仕上がるのだろう。 ワックスでも塗った?

 そんな昂の母は夕飯の準備で台所に行ってしまったので、一人では持てない荷物を俺も幾つか持つ羽目になった。


「え、ぃゃ……俺みたいな素人が神具的な物とか、触っても大丈夫なんですか?」

「ガソリンの入ったドラム缶を運んでくれって言ってるわけじゃないんだから、危険な物なんて家には無いよ。 むしろ、丁寧に扱ってあげれば、その分ご利益がありそうな気がしないかな。 神具なら尚更だし、ここは神社なんだから。 見ている者は、見ているものだよ」


 なんて言われてしまっては、断りづらい。


 * * *


「後は、お願いします」

「お疲れ様、居間で休んでいくといいよ。 昂も待っているだろうから」

「はい」


 結局半分以上手伝い、残りは昂の父に任せて、俺は居間に向かった。

 雑巾は、途中の手洗い場で洗い、折り畳んで返却した。

 手がかじかむ。



「はい」

「だから、いらないって」


 畳の居間に足を踏み入れると、机で何かを計算していた昂が、俺を見るなり立ち上がり、手元に置いていた薄い茶封筒を手渡してきた。

 開いて見ると、中には5万円が入っていた。

 全て千円札で、見事にピン札だった。

 昂が申し訳なさそうに口籠る。


「だって、三日前からずっと手伝ってもらってるんだよ?」

「俺はそんなつもりで手伝っていた訳じゃない。 家族……みたいな、自分の家を掃除しているようなものなんだ。 だからいらない。 そもそも、数年前までは家族ぐるみで手伝っていただろ? その延長線みたいなものだし、ここでこんな事されると、他人行儀みたいで嫌なんだ」


 昂が困ったようにうつ向く。


「でも……」

「と言うよりまず5万は多い。 俺が手伝ったのは三日間だけだ。 その三日ってのも、初日は学校で、手伝えたのは四時間程度。 せめて5万から26000は引いてくれ」


 茶封筒を突き出された昂が、中身を確認しながら暗算する。


「でも、そしたら2万4千円しか残らないよ?」

「あ、そうだ。 三日間中、頂いた飯代としてそこから6000円も引かないとな」

「一食千円って、ぼったくりだよ」

「更に言うと、今までその他もろもろ、奢ってもらったり勉強会の借りだったり……あぁ、お前の服代の足しにもしたいから、更に18000円、引いてくれ」

「無くなっちゃったよ」

「そうか、残念だったな。 せっかくの初給料だったのに」

「燕はやっぱり、優しいね」


 そう言って、封筒の口を塞ぎ、俺を見上げた。


「頂いたとか奢りだとか、そんな他人行儀、私も嫌いだなぁ♪」

「じゃぁ、24000円、全てお前にくれてやる。 それなら家族とか他人とか関係無いだろ?」

「やった、洋服買えちゃった♪」

「めでたしめでたし」


 茶封筒が俺の胸元にポスッと軽く叩き付けられた。


「私、シャワー浴びてパジャマに着替えてくるから、暫く持っててくれる?」

「預かるのではなく持つのか? 暫くっていつまでだ?」

「シャワー浴びてパジャマに着替えてくるから、覚えていたら、返してね」


 手放され、自由落下する茶封筒を反射的にキャッチする。

 昂は背中を向け、障子に手をかけた。


「お前、昔っから忘れやすいタイプだったよな」

「そうだっけ、忘れちゃった♪」


 巧いこと返し、急ぎ足で居間を後にする。

 全く、口では勝てない。

 戻ってきた頃に忘れられていては困るので、俺は隣の、食卓の昂の椅子にこっそり置いた。


 タイミングよく、背後から昂の父が顔を覗かせる。


「燕くん、今日の夕飯も食べて行くんだよね」

「いや、今日はこれで帰ります。 荷物、もう運び終わったんですか?」


 と、疲労困憊な昂の父は頷いた。


「うん、後は鍵かけてくるだけ。 重くはないけど、数が多くてね、もうクタクタだよ」

「ぅっわ……お疲れ様です」


 あ、そうだ。


「俺、鍵かけてきましょうか?」

「え……ん~。 ……良い?」

「良いですよ、それくらい」


 こうして理由を得た俺は、その場から逃げ去るように居間を後にしたのだった。



 荷物は神主宅の裏手に隣接されている広めの道場に積まれていた。

 この道場には競技用の薙刀(なぎなた)竹刀(しない)まで取り揃えられており、師範は昂の父が勤めている。

 武道は心を強くするのだとか。 そのためこの道場は完全な私物で、一般公開されていない。

 関係者以外立ち入り禁止。

 神社に勤める者専用の修行場だ。

 要は趣味だろ。


 鍵をかける前に、ちょっとだけ中を覗いてみた。

 杉の香りか? 最近リフォームしたので、新築の鼻にツンと来る渋い香りが充満している。

 床は(たたみ)

 俺はこういう、木造建築が好きだったりするのだ。

 さっきまでげんなりする程にあった荷物は、もう無くなり、すっからかんとしていた。


「……ん?」


 その清閑とした道内の中央に、四角い影が見えた。

 忘れられていたように、ポツンと一つ。

 歴史的文化遺産でも入っていそうな、長方形の古ぼけた木箱だった。


「あれ? こんなのあったっけ?」


 中に入って、木箱を手に取る。

 今にも壊れてしまいそうなそれには、(ふた)にお札のような紙がはられていた。


「ん……? 読めん」


 文字は風化したのか、ほとんど消えていて分からなかった。

更新激遅なので、思い出した時にでもまた来てください。

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