10-3
「じゃあ俺はいく。くれぐれも俺の電話以外信じるな」
安斉社長は香織の目を真っ直ぐ見つめた。優しさが隠れた真っ直ぐな眼差しこそが、『爽』に関わる全ての人を捉える人間的魅力の表れだった。
香織は強く頷いた。
安斉社長は踵を返して去った。
そして社用車を自分で運転して、事故現場へと向かった。この社員を慮るバイタリティーこそが現在の『爽』の礎となっていると言っても過言ではない。諸岡がスーツを着たサムライならば、安斉社長はスーツを着た軍師とでも形容される雰囲気を持っていた。
香織は由紀をリビングに招き入れソファに座らせた。由紀はソファの横にある揺りかごを覗いた。すると佳奈が目を覚まして由紀に微笑みかけた。
「あらおっきした」横から香織は言った。
由紀の目を見て微笑んでいる佳奈、由紀もまた純粋で屈託のない微笑みから目を離せなかった──張り詰めていた心が和らいでいく。
「香織さんと剛さんのどっちに似てるのかな? 」
「うーん剛に言わせると、剛のお父さんとお母さんを足して二で割ったみたいだって言うけど、ピンとこないわね出会った頃には亡くなっていたし」
「かわいいですね」
「めんこいって言うんだって、北海道弁で、めんこいめんこいをいつも連呼してるわ」
「はは、剛さんらしいや」由紀は微笑んだ。
「さて紅茶でもいれよっか、二人で女子会、由紀ちゃん佳奈をあやしていてね」
台所へと向かう香織、声をかける由紀。
「色々大変なのにス・ミ・マ・セ…」由紀の声が弱く消えていく。
香織が振り返るとソファに倒れ込むように眠りに落ちた。無理もなかった、矢継ぎ早に起きる出来事に気を張り詰めていたのだから──。




