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マンンションのリビングでソファに座り香織は思いを巡らせていた。香織も去年剛と結婚するまで広告代理店『爽』でアシスタントプロデューサーとして諸岡誠の下で働いていた。何度か三清山賀製薬に行った事もある。死のトンネルの事も知っていたし通った事もあった。手前にあるコンビニエンスストアで時間調整するのもいつもの事だった。
だから普通乗用車が事故に巻き込まれたと知って、すぐに不安が襲ってきた──もしかすると剛の運転するレンタカーじゃなかろうか。
九時に打ち合わせがある事は剛の電話で分かっていたし、地震の直後に電話をかけてきている。もしそれがトンネルの手前からだとすると、事故の起きたタイミングが余りにも合いすぎる。
香織は不安を拭うかのように頬を両手で叩いた。しっかりしろ香織。自分で自分を叱咤した。
その時、インターフォンの呼び出し音が室内に響いた──誰だろう。
インターフォンのモニターを見るとそこには小柄な初老の男が立っていた。
「香織か、話がある。入れてくれるか? 」
「勿論です社長」
モニターには広告代理店『爽』の安斉社長が映っていた。香織がその顔を忘れる訳などなかった。結婚式で仲人を務めてくれたし、香織の実家は九州なので二人にとっては、東京での親代りとも言える間柄だった。




