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兎追ひし 彼の山
小鮒釣りし 彼の川
夢は今も 巡りて
忘れ難き 故郷
剛も宏も純也も決してふざけない。教室にいる全員が梨花子先生の教えどおり、心を込めて歌っている。
梨花子先生は堪えていた。涙が出そうになるのを必死に堪えていた。瞳を大きく開いて、子どもたち全員の顔を記憶に刻んでいた。
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如何にいます 父母
恙無しや 友がき
雨に風に つけても──梨花子先生の瞳から一粒の涙が頬を伝う。
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思ひ出づる 故郷
──梨花子先生の瞳から…瞳から次々と頬を伝う…
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志を 果たして
いつの日にか 歸らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
──歌い終わって静寂がおそう。
梨花子先生は潤んだ瞳で教室にいる全員を見つめていた。そして椅子に花束を置いて立ち上がると拍手をした。たくさんたくさん拍手をした。




