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まもなくして剛の意識は学校からでて裏山へと移った。
そこでは小学三年生の夏休みが始まったばかりの頃、山道で起こった出来事が展開されていた。
その時剛は体のあちこちが痛かった、なかでも背中が熱くてヒリヒリしていた。そして身体中がずぶ濡れだった。
そんな剛を梨花子先生がおんぶして走っていた。
「剛、大丈夫だからね、頑張れ、頑張りなさい! 」先生は必死だ。
剛はぐったりしている。先生の言葉に反応して薄っすらと目を開けるが声が出ない。
辺りにはこれでもかと蝉が鳴き、鬱蒼とした白樺の間から見える真っ青な空。
そこにフラッシュ的に現れる袖の無い白いワンピースを着て、麦わら帽子を被り、赤いコンバースを履いた女の子。剛には、なぜ、先生が自分をおんぶしているシーンと女の子が繋がっているのか判らない。
そのうち梨花子先生の背中で小学生の剛は眠りに落ちた。
突然あたりは一変し、病院の集中治療室になった。
病院のベッドに寝かされている剛は、心拍数や血圧を測る計測機器や点滴のパイプに繋がれていた。そして、ゆっくりと目を開けた。それを見て、側にいた両親が大喜びした。きょとんとしている剛に父親は言った「何日も昏睡状態だったんだ」
「梨花子先生に感謝しなさい、先生がいなかったらお前は死んでいた」二人は何度も何度もそういった。
程なくして梨花子先生がお見舞いに来た。その時は後から後から涙が止まらなかった。先生も心から安心して一緒に泣いてくれた。
既に、夏休みは半分過ぎていた。
しかし、この時何が原因で先生におんぶされて病院に入院したのか、そのあたりの記憶が喪失していた。背中に深掘りの三十センチほどの傷が五本ついたのもこの時だ。
その後、自分に何が起きたのか思い出そうと何度も試みたが、その度に息苦しく、呼吸困難になった。原因の中枢に触れようとすると身体が過剰に反応して苦しくなる。おそらく、自分はその時とてつもなく苦しい思いをしたのだろう。
次第に考える事を辞めた。そんな剛を見て両親も宏も純也もクラスメートもその話題には触れなくなった。
大人になった今でも、背中の傷の事を思い出そうとすると同じように息苦しくしくなる。
それに、原因を知っていた両親はもういない。
何があったのか、もう知ることはできない。




