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広告代理店『爽』のプロダクションマネジャー松永由紀は、クリエイティブ部の打ち合わせコーナーで一人、コーヒーを飲んでいた。
撮影のキャンセルの連絡は八時頃から一斉に行った。その後地震で確かにビルは揺れたが、都内は震度三だったのでさほど恐怖は感じなかった。
ただ由紀は疲れていた。昨夜ビジネスホテルに泊まり、シャワーを浴びてベッドに入っても気持ちが高ぶって一睡も出来なかった。結城純恋の死はとてつもなくショックだった。加えてマネージャーの後藤が言った言葉が耳にこびり付いて離れない。
「あ、あの…純恋が、純恋の頭が壊れて、血が一杯出て、アスファルトに叩きつけられて、うわああああ、動かない、動かないんです」
余りにもリアルで、仕事がらどうしても映像としてシーンを想像してしまう。夜通し頭に浮かぶ映像と後藤の声に悩まされ涙が止まらなかった。だから早めに出社して仕事に没頭しようと思った。携帯電話はいつでも連絡が取れるし、撮影の部署は朝が早い。あっという間に連絡は終わった。それに誰もがニュースで純恋の死を知って心構えはできていた。
その後スタッフルームの片づけをしようと思ったが、身体が思うように動かなかった。何も手につかない。
由紀は打ち合わせコーナーに行くと、テレビを消して一人静かにホットコーヒーを飲む事にした。テレビでは純恋のニュースを繰り返し流している──見る気も起きなかった。静かなところにいたかった。打ち合わせコーナーの椅子に座り、ホットコーヒーを一口飲むと目をつむった。
いつものコーヒーなのにやけに苦く感じた。




