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諸岡が広告代理店『爽』でトップクリエイティブディレクターとなれたのは、あらゆる出逢いに真摯に向き合い消化する姿勢を貫いてきたからだ。
依頼された仕事をより良い物にするため、消化して身に付けたあらゆるものの中から、自然と滲み出た答えを惜しげもなく活用する。その上で表現者としての切り口を巧みに使い分け作品として完成させ、それを見聞きした不特定多数の相手の心を掴む。
それを分かって欲しかった。だからどんな打ち合わせでも剛を同行させ、私生活でもどんどん新しい人に逢わせた。自分の持っている人脈を活用して、とにかく出逢わせ、そして自分の言葉で話しをさせた。
剛も元来素直な性格で、あらゆる経験を受け入れ前向きに消化していった。そしてそれをどう自分なりに活用するべきか試行錯誤を重ねた。自分が納得するまで何度も企画書を書き直した。表現者として仕事をする以上は、伝えるべき相手に意図が伝わらない限り自己満足でしか無い。
そうした努力が実りはじめたのが入社六年目だった。剛が持ってきたとある企画書に諸岡は心を揺さぶられた──これならいける。
自分が見抜いた適性が間違がっていなかった事を実感した。
諸岡は直ぐに剛をクリエイティブディレクターに抜擢した。
「俺が責任を取ります」
安斉社長にそう言い切り、スーツを着たサムライは戦う決心を決めた。
周囲に剛の存在が認められるにはさほど時間を要しなかった。
剛は、諸岡が見抜いた通り柔軟でシャープな感性と周囲を取り込むカリスマ性を持ち合わせていたのである。諸岡は規模やカテゴリーに関係なくあらゆる仕事を与え、剛も必死に喰らいついた。
そして剛が三十になったのをきっかけに、三清山賀製薬という広告代理店『爽』にとって最重要クライアントの仕事を任せるに至った。




