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「いいか、大切なのはクライアントが意図する事を消化して、自分の中から滲み出てくるものをどう形にするか? それによって切り口は何通りも正解がある。でもな、切り口がスパッと滑らかにかつ明快に切れてないと、ぜんぶ不正解だ。覚えとけ」
「…」
「やり直し」
諸岡は企画案で剛を突くように突っ返した。
「はい」
「それより剛、今夜時間があるか? 」
「…はい」
「今夜飲みに行くぞ、安心しろ、仕事の話しは一切しないから、分かってるだろうが俺のポリシーは、真面目に仕事、仕事以上に真面目に遊べ! だ」
ニヤリと笑う。
「ハイハイ分かりましたぁ」
その言葉通り諸岡は仕事以外にもいろいろな事を剛に教えた。酒の飲み方を始め、カヌーや渓流下り。登山にキャンプ、麻雀に競馬、釣りに、スカイダイビング…今まで経験してきた趣味に連れ回した。最初は面倒臭さがっていた剛も徐々に引き込まれ、諸岡に対して大きな信頼感を持っていった。
こうした経験を通じて諸岡が教えたかったのは、あらゆる物事をすぐに否定肯定するのではなく、まずはどんな事も受け入れ消化する事だった。消化とは受け入れた事柄を自分の言葉で把握し、それについて自分ならどうするか考え身に付ける事にある。
どんな仕事であれ出来事であれ人と人、また物と人、自然と自分といった出逢いがないとなにも生まれない。自分が好もうが嫌おうが、出逢いは突然やってくる。出逢った事を否定すれば、それ以上成長しない。また、表面上の肯定だけで、それを自分の物にしなければこれも成長しない。
それに、一つの仕事上の出逢いがその仕事だけに役立つというものでもない。次の仕事の伏線だった事もあるし、趣味で体験した事が仕事に反映する事もある。出逢いの中で撒いた種がどこで実るか?──人はだれも予測できない。諸岡はその事を人生の荒波の中で実体験として身に染みていた。




