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その日私は一人で職員室で仕事をしていました。蝉の鳴き声が相当激しかった。子どもたちは夏休みでも、普段なら私の他にも職員室に先生がいるんですが、その時は研修会の日程が重なった事と、校外でのクラブ活動日だったので、私以外には誰もいませんでした。そこにずぶ濡れ姿で純也くんが入って来ました。
驚いた私は純也くんに駆け寄ると、純也くんは大声で叫んだんです。
「先生、助けて、先生」
「どうしたの純也くん、一体何があった」
「先生、剛が、剛が…」
「剛くんがどうしたの? 」
「川で動かない」
「ええ? 」
「裏山の渓流、俺たち釣りしてて、剛が釣り場に落っこって流された! 」
「純也、頑張って、先生をそこに連れてって」
「うん」
純也くんは一生懸命私の手を握って裏山へと走った。純也くんは涙を堪えて必死だった。
そして裏山を駆け上がると程なくして、川が湾曲した瀬についた。そこで待っていたのは、宏くんと、うちの児童ではない女の子。白いワンピース、赤いコンバースを履いた女の子。剛くんが苦しくなると思い出す、剛くんより少しだけ背が高かった女の子です。この時は麦わら帽子を被っていませんでした。二人ともずぶ濡れで、瀬の上流にある木々で覆い隠された岩場を見ていた。私と純也くんに気がついた宏くんが大声で言いました。
「先生、あそこに引っかかっているんだ」
宏くんが指をさした先には、川にせり出した太い枝が背中に刺さった剛くんが、渓流の勢いを遮るようにしてぶら下がっていました。着ていたTシャツはボロボロに破けて背中から血が流れ出ていました。でもね、枝のお陰でブレーキがかかってそれ以上流されなかった。背中の五本の傷はその時にできたものです。
今生きているのはその傷のお陰なんです。
私はなりふり構わず川に入ると、急流を遡った。何度も何度も足を取られながらなんとか太い枝に近づいた。剛くんは意識はなかったけど呼吸はしていた。水面ギリギリのところで顔が水に浸かっていなかったんです。私は必死に枝から外すと背負って病院へと走った。自分でも信じられないくらい力がでました。無我夢中だった。