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その頃マネージャーの後藤は、事務所から出て純恋のマンションへと向かっていた。後藤は一昨日から会議詰めだった。番組やCMが打ち切られた場合の賠償問題について、事務所内でどう対処するかを話し合っていた。
おそらく何億という賠償責任が生じるだろうと結論は見えたが、どうするかはこれからの課題として残った。後藤も当然管理責任を問われる事になるだろう。結城純恋を全国区のタレントにする為、人生をかけてきた後藤は心底ショックを受けていた。
しかし、純恋のマンションへ向かったのは、後藤の心情や事務所の対応を純恋に伝える為ではなかった、なにやら不穏な胸騒ぎがした。
最初は気分が高揚して清々しかった。悩みが消し去り爽快感が繰り返し訪れて気持ちが良く、照明を見たら全てが煌めき美しかった。部屋中が天国みたいだった。余りにも眩しく煌めくので照明を消した。それが今夜八時頃の事である。
カーテンも引かず開け放したベランダからは、周囲に競うように建てられた高層ビルから白い光が差し込み、部屋中を生き生きとさせていた。ガラステーブルに項垂れ、フローリングに足を投げ出して座っていても気分は爽快だったのである。
籠の中から聞こえてくるセキセイインコの鳴き声ですら天使の歌声に聞こえてくる。セキセイインコは数年前に、家を留守にしても飼っていられるペットとして選んだ。一人で部屋にいるのが淋しかった。自分を癒してくれるものが欲しかった。
テーブルの上に置いてある携帯電話のリダイヤルを押す。何度かの呼び出し音のあとアナウンスが聞こえてくる。『おかけになりました電話番号は電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないためかかりません…』──まただ。この瞬間純恋の様子が変わった。哀しみに包まれ頬を涙が伝う。チュチュッ…励ますようにセキセイインコが鳴き声あげるが、身体全体を小刻みに震わせ、混乱している純恋の心には全く届かない。
幻聴が聞こえ始めた──男の声で聞きたくもない声が聞こえてくる。
「お前なんて遊びだった」
「便利な女さ」
「国民的アイドル、それがこの様か、笑わせるな」
「誰もお前を愛していない」
「ひとりぼっちは寂しいか? 」
「お前も籠の鳥さ、仕事にがんじがらめにされて自由に動けないだろう」