鬼とシェリー
目が覚めると可愛い双子の妹がどこにもいない。
大切に使用しているスケッチブックもサインペンもベットの上に置いたまま
「…シェリー?」
あたしは、ゆっくりと体を起こして こう呟いた。
「また、いなくなったのね」
慣れた手つきでベットメイクをし、無造作に置いてあるスケッチブックとサインペンを横目に見ながら
あたしは ゆっくりとドアノブを傾けた。
「おや…0204号室の×××様 どうかなされましたか?」
扉を開けると、タイミングよく男が通りかかった。
「いえ。いつものことだから気にしないで。」
その男は心配をする言葉を数個、あたしに向かって言った。そして最後に…
「なるほど…さようでございましたか。こちらでも確認するよう支配人に伝えておきます。」
そう男は言うとあたしの前から去っていった。
「さてと…あの子はどこに行ったのかしら」
妹とおそろいの服を着て 髪を整え バックパックに妹のスケッチブックとサインペンを入れる。
目があまり良くないあたしは 耳を頼りに妹を探す。
霞んで ぼやけて見える視界で 妹の名を呟きながら
この廃墟のようなホテルの廊下を 壁伝いに歩いていく
「…シェリー…どこにいるの?お姉ちゃん、すぐ行くからね。待ってて…シェリー…」
少し歩いたところであたしは立ち止まる
「…おね…え…ちゃ…」
妹の声が聞こえた。お姉ちゃん…お姉ちゃんと 何度も何度も繰り返しながら必死に伝えている。
「私はここだよ…お姉ちゃん」
耳のあたりに手をあて 妹の声を注意深く聞いた
「そこにいるのね。シェリー…すぐ行くわ」
どうやら妹はこのフロアの奥にいるらしい
「待ってて」
妹の声を聞き逃せば またやり直し
同じ朝 同じ夜 同じ結末…がやってくる。
選択肢を間違えばシェリーを救うことはできないのだから
次こそは…ラストまで 必ずやり遂げてみせる
あたしが挑んでいる シェリーを救うゲーム
一度失敗したら やり直し
この世界に殺されてしまう
「今度こそ 間違えないから」
今度こそ 絶対にシェリーを救ってみせる
壁伝いに結構な距離をひたすらに歩いた
途中 何度もモノやヒトにぶつかり 何度も倒れた
でも、そんなのは関係なかった
これはまだ序盤 ゲームは始まったばかり
何度も…何度も経験した 多少のことは分かっている。
他のことに気を取られていると シェリーは救えない
まるで神からのお告げのように
”シェリーのことだけ考えなさい” ”他のことを気にしている場合か”
そう このゲームには時間が限られている
「急がなきゃ…早く…はやく…見つけるから」
一刻も早くこの廃墟のようなホテルから脱出しなければ
この世界から逃げ出さなければ
「おねえちゃん!」
「!? 今、シェリーの声が…」
かなり近くから妹の声が伝わった
ぼやけた視界でとらえたのは 二つの扉
どうやら 廊下の突き当りの部屋にたどり着いたようだ
「わたしはここだよ おねえちゃん!」
妹の声が伝わってくる
あたしは迷わず左右の扉
…ではなく 間に挟んだ壁に向かって力いっぱい両手で叩いた
ドンドンドン
両手が赤く染まろうと アザだらけになろうと
あたしは必死に何もない壁に向かって叩き続けた
ドンドンドンドン
茶色く薄汚れた壁は あたしの色に染まっていく
おまけに鉄のにおいを漂わせて
ドンドン ドンドンドン ピリッ…
「あっ…」
ふと我に返り 壁を叩くのをやめた
ピリ…ピリリ…
点々と赤い染みをつけた薄汚れた壁が ぐにゃぐにゃと変形する
「…やっと開いた」
背中のバックパックから あらかじめ入れておいた包帯を両手に巻き付け
きちんと動くことを確認してから 壁に向かって踵を返した
「今回は このルートでクリアしなければならないのね」