誓い 2
「よろしゅうございます、姫巫女様。おめでとうございます、見事な当代随一の花紋であられますれば」
例え医師らといえども裸体を隅々迄、検分されるのは流石に羞じらいもあるし、嫌な物であるが、剣を継承した者にしか現れない<花紋>という物を数人の定められた者達が確かめねばならないのは重大な問題である。
「普通なのでしょう?当代随一だなどと褒めそやし過ぎます」とローブを羽織ろうとした時、ざわめきが漏れた。
「お恐れながら姫巫女様」と一番年嵩の老婆が膝を折り、奏上する。
「何も恐れる事なんてありませんから」と不器用なりに笑ってみせると老婆は続けた。
「姫巫女様の背中には<闇椿>が花紋として咲き誇っておいでになります」
「…鏡合わせで見られる場所は、ありますか?」
情けないかな、我ながら震える声は抑え切れない。
*****
身体全体に広がる花紋は一見すれば美しい花が光に揺らめく様に身に纏われたものにしか見えない。だが、その花紋により持つ力の意味が判るのだ。
右肩から胸へと咲き誇っているのは<光桜>
そして背中には左肩から腰へと鮮血の様に咲き誇っていたのは紛れもなく<闇椿>であった。
「私を幽閉しないのですか?」
「<闇椿>だけならば幽閉コースやったやろな?」
「何故、此処に貴方が」
「姫巫女様に奏上せなアカン事がありましてん」
「律儀ね。何があったの?」
「俺の剣、本神殿地下に封印されてた<闇夢>が姫巫女様の剣神の力でとんでもないモンに化けましてん。これが俺の<花紋>ですわ」
「菖蒲…尚武にも通ずる光の花…<闇椿>を封じた四神の花」
「相変わらずの模範解答やな。これで少なくとも<光桜>が同時に咲き誇っているなら抑え込める処か逆に強味に変えられる。せやからもう泣かんでもええ、抱え込む事もあらへんのや!同じ時間を渡る事も出来る、せやから」
「ありがとう、でも問題は<彼>に咲く<花紋>。だって彼は確実に死んでいた筈!仕留め損なった筈が無い。あの感触は…」
「判ってる。其れも含めての俺等や」
「…下がって頂けますか?」
*****
やがて来た夕映えに目も遣らず、己を呪った。
生き延びていなければ、あの瞬間の幸せだけを抱いて死んで逝けた。
情を交わした訳でも無い婚約者に偽りの愛情を今更どう捧げれば良い?
「体冷やしたら駄目でしょ。ごめんね、随分苦しませたよね?俺にも出たよホラ、<**>」
「そう、おめでとう。ごめんね、でももう少し独りで居させて?」
遠ざかる足音。また音も無く忍ぶ影。
「泥を被るのは俺だけで構わんねや。せやからもう大丈夫や」
「どうして?」
「今でも忘れられへん。好きやからしゃあないやん?」
「忘れた日なんて無かった。この地位を得て王配を指名出来る事も知ってしまってからもずっと悩んでた。その心が彼を殺したのよ!」
「なら尚更やん、俺は俺だけは裏切らない。必ずどんな時でもお前を支えると誓うから!やから、幽閉されようとか妙な償いはするって言わんでくれ、頼む…頼むから」
駄目だ。この人の陽だまりの様な温かさと優しさには敵わない。
「私も誓いをたてるわ。必ず、この国を滅びから救ってみせると。そして…」
窓からの蒼き月が抱き締め合う二人を照らし、誓いを聞いていた。