Sword Breakers 外伝
過去に諦めなければならなかった絆をもつ彼と彼女
彼女が国の頂点に立つ、その日の前日譚
其れは神剣をこの身に宿す候補としての最終試験で起きた。
この広大な帝国を統べる頂点となる者に身分は関係無く、純粋に数多ある神剣を使う力と知識を見出され、幼い内から<神殿>の中の学舎で生活をしてゆく。
様々な訓練や実戦で仲間が脱落してゆく中、生き延びて迎えたこの試験で。
皮肉にも幼き頃に決められていた婚約者との戦いの刃には、猛毒が塗られていた。
相手は判っていたし、使う毒のパターンも恐らくは固有の血統による物だろうと予測すらしていた。
だが、彼は正気を既に失っていたのだ。初手が掠めた瞬間に。
名を叫び、もう剣を捨てるんだという声すらも届かない。
土壇場で生まれた感情は
「生きたい」
ただ其れだけだった。
王となれずともいい、本当に愛した人と共に静かに暮らしたい。
いや、愛した人すらも選べない宿命だと判っていても。
だからこそ刺し違えて共に死んでやれぬ、この感情を何と呼べばいいのかすらわからないまま、私は彼の首筋に刃を走らせた。
同時に背中に感じた熱と痛み。
即効性のある物であろう毒が頽れる彼と私を何処へ連れて行くのかとぼんやり想う。
「…!…!」
嗚呼、最期に貴方が私を呼んでくれている。
抱きとめられる温もりは急速に冷えてゆく私の体には意味を成さないというのに…
*****
目覚めは最悪で、命を刈り取った感覚が生々しくて吐き気が込み上げた。
吐く物すら無い胃液だけの苦くて酸っぱいすえた臭いが、あてがわれた布に染み込んでいく。
散々吐き散らして、漸く自分が助かった事を知った。
「彼は…」と嗄れたながらも紡ぎ出せた声に、水とバケツが差し出され、嗽いをしろと促されるままに従う。
背中に痛みは無かったが、奇妙な熱が身体全体を覆っていた。
「姫巫女様、玉体に暫しの御無礼を」と白衣の神殿医師が告げる。
「今、私を何とお呼びにならしゃいました?」
「姫巫女様、貴女様はその身をこの神剣に選ばれました」
ーこの国では頂点となる神剣に選ばれた男性は王騎士、女性ならば姫巫女と呼ぶ習いがある。
つまり、私は剣に選ばれたという事になる。
不意に涙が零れ落ちた。愛する家族とも愛する人とももう同じ時間軸では過ごせないのだ。
精々この先の私の成長も最大限に剣の力を引き出せる最盛期になれば止まる。
そしてそのまま次に剣が選ぶ候補者が生まれ、育ち、継承するに相応しい年頃になる日迄を過ごしてゆく宿命。もう後戻りなど出来ない。
この強大な国の象徴として、強くあらねば。
理性ではきちんと把握している、だが感情が付いてこない。
途方も無い責務が己が双肩にかかっている。
自害を試みようとしても無駄だという事は既に頭の中に何故か入っていた。
「何故、私が」
目指していた筈の剣の主になれたというのに、喜びは一片たりとも無く、虚無感ばかりが心には広がるばかりだった。
「お前だからや」と俯く私に声を掛けてくれたのは、大切なたった一人の人。
「それにな、どうやら各地の剣も俺らが新たに選ばれる事になったらしい、っていうかもう俺には宿る候補がお待ちかねでな。同じ時を亙れる可能性があるなら、それに俺達は賭けようてなったんや。独りで抱え込むのが昔っからの悪い癖なんやから、傍に誰かがいてへんとなぁ」
「でも私は、彼を、っ殺した…!」
「それがな、あいつ助かりよったわ。おまけに目覚めた時期はお前よか早かったから無駄に暴れるわ、落ち込むわで扱いに困りかねてなぁ~ホンマうっざいわ~!けったくそ悪いから目覚めた事内緒にして駆け落ちでもどうやて誘おか思たわ~」
「剣に選ばれた以上はもうそんな事出来る訳、無いでしょ」と少し窘める位には不思議と回復していた。