表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今井さんと清水さん

雨の日に

作者: 青木珊瑚

「あっ、傘がない」


 突然の雨に折り畳み傘を取り出そうと鞄に手を伸ばして、いつもの鞄じゃない事に気付いた。

 今日は授業が少なかったから、鞄を小さい方にしていたんだった。


「傘入れ換えるの忘れてた。どうしよう……」


 この雨の中を傘無しに帰るのはかなり無理がある。

 それに濡れながら帰るなんて絶対に嫌だ。


「教室で止むまで待とうかな」


 そう思って、靴をまた上履きに履き替えて教室に向かった。

 誰もいない静かな廊下が新鮮に思えた。


「あら、今井さん。どうしたの? 忘れ物?」


 私だけだと思っていた教室には、いつも本を読んでいる清水さんがいた。


「ううん。雨が降ってきたから、止むまで待とうかなって思って」

「雨? ……本当ね、気が付かなかったわ」


 窓を見た清水さんはそっと本を閉じた。


「止むまで少し、お話をしましょうか」


 清水さんは、前の席の椅子を叩いて、合図を送ってくる。その椅子に座ると、誰も座っていなかった冷たさを感じた。


「何の話をするの?」

「そうね、女の子らしく恋愛の話なんてどうかしら?」


 その時、私の背筋がひんやりとした。恋愛なんて言葉が出てきた所為だろうか。それとも……。


「恋愛って、ここ女子高だよ? 別に好きな男の子とかもいないし……」


 そう言うと、清水は「そうじゃなくて」と続ける。


「これについてどう思うかしら」


 そう言って、恐らくさっきまで読んでいた本のカバーを外してタイトルを見せてくる。


「女の子同士の……恋愛。えっ?」


 私は清水さんを見た。しかし、特に変わりはない。


「貴方はどう思うかしら」

「ど、どうって言われても……」


 一拍置いて清水さんが言った。


「私ね、好きな子が出来てしまったの。でも、どうしていいのか変わらない。変よね、女なのに、女の子を好きになるなんて」

「……」


 私は清水さんの噂を聞いた事があった。

 去年、清水さんの入っていた部活に後輩が入部してきた。その後輩は3ヶ月ほどで部活を辞めたが、その原因が清水さんがその子に手を出したからだと噂された。

 その後輩はそのまま学校を辞め、真相は分からず仕舞いになってしまった。


「ごめんなさい。突然こんな話をされても困るわよね」

「清水さん」


 私は、思い出した反動で気になってしまった。


「清水さんの、その好きな人って誰ですか? 辞めた後輩の子の事ですか?」


 そう聞くと、清水さんはバツの悪そうな顔をした。


「私に変な噂が立っているのは知ってるわ。でもあれは、あの子が勝手に暴れて辞めただけ。噂話もあの子が嘘を言いふらしたのだけの話。学校を辞めたのは素行が悪かったから。……それとは別よ。私はもっと前。1年の時から好きな人がいるの」


 清水さんはそう答えて、少し目元が赤くなる。

 一呼吸置いてから清水さんは続けた。


「私……、貴方の事が好きよ」

「……!」


 私は目を見開いた。告白した清水さんが泣きそうな顔をしていたから。


「貴方は覚えてないかもしれないけど、1年の時、同じクラスで貴方の席の横に座っていたわ。その時にね、可愛いなって思ってしまった」


 「思った」ではなく「思ってしまった」。それが私の胸にも響いた。


「ごめんなさい。気持ち悪いよねこんなの。……雨、弱くなったみたいだから私、帰るね」


 そう言って去ろうとする清水さんを私は止めた。


「雨。止んでないよ」

「……!」

「まだ、止んでないよ。止むまでお話するんでしょ?」


 清水さんの足が止まる。そして私の方を向いた。


「……貴方は私を。貴方を好きになってしまった私を、どう思うの?」


 罵倒を覚悟するように頭が俯く。そんな恰好しないで。


「……とても素敵な人。忘れてないよ私も」


 清水さんの頭が上がった。赤くなった顔がよく分かった。


「1年の時、清水さんが横にいた事、忘れてなんかいないよ。私は、素敵な人だなと思った。ううん。思ってしまった」


 清水さんはハッとした表情をする。けど、私は恥ずかしくなって、目の前の《素敵な人》と目が合わせられなくなってしまった。


「えへへ。恥ずかしいな、こんなこと言うの」


 顔が熱くなっているのが分かる。きっと茹で蛸みたいになってるんだろうな~。


「……」

「ねえ清水さん。私ね、思ってしまった事は悪い事じゃないと思うの。だから、2人で思ったにしない? 私は清水さんを素敵な人だと思った。清水さんは……、えへへ、自分じゃ言いにくいね」

「私は、貴方を可愛いと思った。そして……」


 言葉を詰まらせる清水さんにフォローを入れる。


「好きだと思ってしまった?」

「いいえ。私は貴方が好き」


 そう言った清水さんは、何か吹っ切れたような、そんな感じの表情だった。


「じゃあ私も答えないとね。……私も清水さんの事、好きだよ」


 瞬間、清水さんは堪えていた涙を目一杯零した。

 私はそっと清水さんの肩を引き寄せる。


「私もごめんね。もっと早く、私も言えたら良かったのに」


 私も急に何かが込み上げて来て、堪らず泣き出した。

 しばらくして落ち着いた私は、清水さんに聞いた。


「一緒に帰ろっか」

「……うん」


 外の雨はすっかり止んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ