9.
駅前の繁華街はそれなりの賑わいを見せており、老若男女問わず様々な人間が楽しそうに休日を過ごしていた。
俺もその例に漏れず、それなりに浮かれた気分で松浦と共に駅前の繁華街を歩いている所だ。
男女が二人で歩いている今の状況は、はっきり言ってデートと呼んで差し支えないだろう。
例え松浦の方がデートと思って無くとも、同じ年の女子と休日に会う事は俺に取って小学生以来の快挙なのである。
これで浮かれるなと言うのは無理があろうが、松浦に俺の内心を悟られるのは些か恥ずかしい。
そのため俺は表面上は何でもないように、仏頂面を維持するように努めていた。
「今日行く店って言うのは、駅から遠いのか?」
「すぐ近くの筈よ。 確か聞いた話だと、この先を右に曲がれば…」
一方の松浦は別段、普段と変わり無いように見える。
今日初めて見る松浦の私服は、これからバイトと言うこともあってか華美が少ないパンツスタイルであった。
見た目より機能性を重視した松浦の格好から、今日はデートなどという浮ついた物ではなく単に食事に来ただけだと暗に語っているようである。
変にデートと意識して気合を入れた格好をせずに、無難にジーパンに安物のシャツと言う服装でまとめた俺の選択は正解だったようだ。
「着いたわ、多分この店ね」
松浦に連れられて俺は、明らかに己と縁が無さそうなお洒落なカフェの前まで来ていた。
詳しい違うは解らないが、欧風をイメージした店の外見は中々様になっている。
昼時にはランチメニューを出しているらしく、入り口の所に今日のランチの内容が小さな黒板に書かれている。
道すがらに聞いた所によると此処は、女子の間で話題となっている話題の店らしい。
松浦もこの店には来た事が無いらしく、俺が奢ることになっている今日の機会に此処が噂通りの店か試そうという腹のようだ。
「うわっ、結構混んでいるな…」
店内は10人程度で満席になるくらいの、個人経営らしい小さなお店だった。
外観と合わせて中も欧風の絵画などのインテリアが飾られており、センスの良さが感じられる。
店内は結構な人が入っており、入り口から見る限り空いている席がなさそうだ。
これは席が空くまで待たされるのかと思い、俺たちは入り口にある待合スペースで待とうとする。
すると運よく一組の客が店を出るようで、お陰で俺たちは待ち時間無しで先ほどの客と入れ違いで席に付く事ができた。
「運がよかったわねー、この店って結構人気あって30分待ちとかはざらにあるって話だから…」
店員さんに窓際のテーブル席に通され、俺と松浦はお互いに向きあって座る。
そういえば学校での昼時は何時も隣に座っていたので、顔を突き合わせて食事を取るのはこれが始めてだ。
改めて見ると松浦は確かに美しい少女と言えるだろう、クラスの中でも彼女は上位に入る可愛さと思われる。
きっと松浦の母親も若い頃は彼女のように可愛らしい顔立ちをしており、その美しさで後の旦那さんやヤクザの叔父さんを虜にしたに違いない。
「…ちょっと、さっさとメニューを選びなさいよ」
「あ、すまん…」
松浦に声を掛けられるまで俺は無意識の内に、松浦の顔をジロジロと眺めていたらしい。
俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、慌ててメニューをめくった。
「いや、美味しかったな、此処の料理」
「そうね、噂通りだわ。 今度、智ちゃんと一緒に来ようかしら」
クラスの女子に噂されるだけあって、この店のランチメニューは中々の味だった。
強いて不満をあげるならもう少し量が欲しい所だが、この手の店にそれを求めるのも無粋だろう。
松浦の方もこの店の料理には大満足のようで、また此処に来る計画を立てているようである。
ちなみに智ちゃんとは、松浦がよく学校で一緒に居る彼女の友人の名前だ。
「まあ、こんな料理を出せば人気も出るよな。 さっきから客が全然減らないし…」
「多分、店員は休む暇なんて無いでしょう。
この店でバイトしたら大変そうね…、でも繁盛しているんだからその分バイト代も大目に…」
先ほどから入れ替わりに客が入り、入り口の所には席が空くのを待つ客の姿まで見える盛況ぶりだ。
見たところ客層は俺たちと同じか少し上くらいの若者が中心になっている。
学校の女子の間で噂になっていると松浦が言っていたし、俺たちのよう若者がメインターゲットの店らしい。
「しかし、見たところカップルが多いな、この店。 まあ、俺たちも端からみたらカップルに見られているのかな?」
「時給1000円は行くかしら、いや、流石にそこまでは…。
って、ゴメン、今何か言った?」
松浦の方はらしいと言うかこの店で働いた場合の時給の計算を皮算用していたらしく、俺の話が耳に入っていなかったらしい。
別にそんなに重要な話じゃ無いので伝え直すことも無い気がするが、俺は一応先ほどの発言を繰り返した。
「いや、別に大した話じゃ無いんだけど…。
この店はカップル客が多いから、端から見ら俺たちもそう見られているのかなって」
「ああ、デートコースとしても有名だからね、此処は。
だからカップルが多いのは当然だし、私たちがカップルに見られても…」
松浦は喋っている途中に何かに気付いた表情を見せて、突然顔を赤らめて話を中断してしまう。
そして彼女はいきなり視線を左右に振り、周りの様子を窺い出したでは無いか。
「お、おい、どうした、松浦? 」
急に会話を中断して奇妙な行動を始めた松浦を俺は訝しがり、恐る恐る彼女に声を掛ける。
「そ、そういえば男女が二人で出かけるって…、これってデートって奴よね」
「お前、今気付いたのかよ…」
どうやら松浦は今の俺たちの状況が所謂、男女が二人で出かけるデート呼ばれるものであると気付いたらしい。
「し、仕方ないじゃない!? 私は男の子とデートなんて一回もしたこと無いんだから…」
「それでも普通はすぐに解るものだろう。 俺だって誘った瞬間に、そういうことになるかなって気付いたぜ」
本当は誘った日の夜に気付いたのだが、ここは見栄を張っておこう。
しかしこの反応を見ると、松浦は本当にこういう経験をしたことが無いようだ。
前に聞いた話では松浦は中学までは自由な時間なんて殆ど無く、必然的にデートなどとは縁が無かったのだろう。
先ほどから平気な顔をしていたのは、単に今の状況に気付いていなかっただけのようである。
「デートか…」
「デートね…」
松浦と俺が今の状況をデートだと認識したことで、俺たちは互いに意識し合ってしまう。
どちらからともなく俺たちは口を開くのを止め、俺と松浦の間に気まずい沈黙が訪れてしまった。