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8.


 俺が松浦の代わりに焼肉屋で働いた翌々日、市販薬の効果によって熱が下がった松浦が学校に復帰することになった。

 朝のHR前に遠目で様子を窺った限りでは体調は良さそうで、何時ものように友人と姦しく雑談をしていた。

 とりあえず焼肉屋の件については既に電話で伝えており、特に用事も無かったので俺は松浦と接触することなく、そのまま昼休みの時間を迎えた。


「山下君、今日は一緒にご飯を食べましょう」

「お前、休み明け早々にかよ…」

「山下、お前も高校に入ってやるようになったなー!! 行け行け、女を待たせたら後が怖いぞー!!」

「いや、だからそういんじゃ無いって…」


 そして昼食時、俺の席の前まで来た松浦がいきなり俺を昼食に誘ってきたのだ。

 事前にそのような話を聞いていたかった俺はその時、普段は一緒に食事をしている友人の席に移動しようとしていた所だった。

 目敏く俺と松浦の話を聞きつけた友人は、面白い物を見たような笑みを浮かべて俺に松浦と一緒に行くように進める。

 こうして俺は友人の野球部員に冷やかされながら、何時もの校舎裏に移動するのだった。






 どうやら病欠のために数日バイトを休む羽目になったことで、松浦の今月の収入が予定より悪化したらしい。

 足り無い収入を補填するために松浦は、昼食を削る選択をした。

 そのために今月の松浦の昼食は、パンの耳オンリーと言う悲惨な食生活を迎えることになってしまう。

 そして、パンの耳を昼食をする姿を回りに見せるわけには行かない松浦は、以前のように俺をカモフラージュとして利用したいのだろう。

 松浦の想定通り、相変わらず薄暗い校舎裏には近寄る生徒は誰も居なかった。

 俺たちは前のように倉庫近くのアスファルトに腰を降ろして、昼食を始めるのだった。

 

「あー、美味しかった… やっぱり病みあがりには栄養を取らないとね…」

「畜生、味気無いな…」


 俺の弁当を美味しそうに食べる松浦の横で、俺は味もへったくれも無いパンの耳をもそもそと食べていた。

 病み上がりの体でパンの耳が昼食と言う哀れな状況が見てられず、人がいい俺は弁当の一部を松浦に提供してしまったのだ。

 今日の弁当のメインであるヒレカツを美味しそうに頬張る松浦の姿を見て、その選択を後悔しているのは正直な感想である。

 しかし、男として一度言ったことは撤回できず、俺は恨めしそうに自分が食べるはずだった弁当を見ているしか無かった。

 結局、松浦は遠慮することなく俺の弁当の大半をたらい上げ、かわりに俺は松浦のパンの耳を頂くという不平等条約が今日も成立してしまった。


「…ああ、そういえば忘れてたわ。 はい、これ」

「んっ?」


 お互いの食事が終わった後、俺たちは教室へ戻るために片付けをしていた。

 そんな時、パンの耳が入ったビニール袋をカバンにしまっていた松浦が何かを思い出し、カバンから封筒を取り出したのだ。

 取り出した封筒を俺の方に差し出してきたので、とりあえず封筒を受け取って中身を確認してみた。

 糊付けしていない封筒の中は簡単に開き、俺は封筒のに数千円程度の金額が入っていることを目視する。


「おい、何だよ、この金は?」

「一昨日のバイト代よ。 ちゃんと山下君が働いた分の自給が入っているわ」


 この封筒のお金は一昨日、俺が焼肉屋で働いた時間を時間給に換算して持ってき物のようだ。

 これは俺が働いて稼いだアルバイト料であり、俺が受けとるべきとう事なのだろうか。


「えっ、いいよ、別に…。 金のためにお前の代理をした訳じゃ無いんだし…」

「駄目よ、これはあなたが稼いだお金なのよ。 それを私が受けとるのは筋違いってものだわ」


 しかし、松浦の経済状況を知っている身としは、数千円とは言え彼女からお金を受け取るには抵抗がある。

 俺はすぐさま封筒を返そうとするが、経済状況がよろしく無い筈の松浦がそれを受け取ろうとしなかった。

 恐らく金銭関連で苦労してい松浦としては、お金のやり取りはきっちりとすべきだと考えているのだろう。

 そもそもこの金があれが今日の昼食もまともな物が食べられた筈なのに、わざわざ俺に渡すために持ってくるとは律儀な奴である。






「解った、解った。 とりあえずこのバイト代は俺が受け取る」


 俺と松浦はお互いに譲る気配を見せず、暫く封筒を押し付けあう状況が続いた。

 このままではこのやり取りだけで、昼休みが終わってしまう。

 危機感を感じた俺はとある一計を思いつき、こちらか折れて一昨日のバイト代を受け取ることにした。


「じゃあこれは俺の金だから好きに使わせて貰う。 松浦、今度この金で飯でも食いに行かないか?」

「はっ!?」


 一度受け取ったバイト代を、俺がどのように使おうとも自由な筈である。

 こうして俺はバイト代を間接的に松浦に還元するため、彼女を食事に誘うのだった。

 …後になってこれはデートという奴なのではと気付き、布団の中で身悶えたなんてことは無いからな、うん。











 都会と田舎の中間ぐらいの微妙な位置にある我が街の駅前も、週末となるとそれなりの人が集まっていた。

 俺は先日の松浦との食事の約束をするため、彼女と待ち合わせをしている所である。

 松浦は少し送れているようで、約束の時間を数分過ぎたのだが未だに現れる様子は無い。

 駅前の正面に置かれている小さな噴水の前で、俺は内心でそわそわした気分を味わっていた。

 何しろ今日は休日に外で松浦と会うのだ、普段学校で顔を合わせるのとは訳が違う。

 しかし、俺と松浦は学校では一緒に昼食を取り、今日は休日に一緒に出かけるなんて話にもなった。

 今の状況はよくよく考えてみたら、俺たちは端から見たら普通に付き合っているって言うような…。


「ゴメン、ちょっと遅れた。」

「っ!? い、いいって、バイトなんだろう?」


 俺が自分の世界に入っている間に、何時の間にか松浦がやって来ていた。

 腕時計を確認すると、約束の時間から10分ほど送れての到着だった。

 事前に松浦が今日の午前中にバイトを入れている事を聞いていた俺は、松浦が遅れた理由を察していた。

 松浦的に休日は稼ぎ時ということで幾つかバイトを梯子しているらしい、この後にも夕方からバイトが有るそうだ。

 普段は意図的に空けた昼の時間帯を上手く利用して、友人たちと遊んでいるとの話である。


「いやー、お腹減った…。 今日は朝からパンの耳しか食べてないから、もう限界よ」

「お前、休日でもそんな食生活なのかよ。 とりあえず行こうぜ、店の案内よろしくな」


 食事とは言っても俺が知っている店は、牛丼とかのチェーン店くらいである。

 そのため今日の店の選択は松浦に丸投げしていたため、俺は今日何処に行くか何も聞いていないのだ。

 駅前を待ち合わせに指定したのは松浦なので、恐らくこの近くの飲食店なのだろう。

 松浦の案内の下、俺たちは昼食の場へと移動を始めた。


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