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6.


 ある日、朝の出席時に松浦が高熱で休んだことを知らされた俺が始めに持った感情は同情で無く納得であった。

 あいつは先月、スマフォを使いすぎたことで結構な通信料を払わされたらしい。

 中学時代までガラケーさえ持たせて貰えなかった反動で、高校に入ってスマフォを手に入れたことで舞い上がってしまい、色々と使い過ぎたそうだ。

 この予想外の出費に松浦の遊行費はピンチとなり、必然的にバイトの量を増やすことになってしまった。

 許容ギリギリだったアルバイトの数を増やし、その消耗から日を重ねるごとに消耗していく松浦の姿を見ていればこの結果は当然のことと思われた。


「山下ー、お前の彼女が熱で倒れているのに、お前は平然としているなー」


 俺の中学時代からの友人である、野球部の阿部の中では松浦は俺の彼女ということになっていた。

 勿論、実際はそんなことは一切無いのだが、こいつが俺と松浦の関係を誤解する理由があった。

 実は松浦の昼食のカモフラージュのために時々彼女と一緒に食事を取っていることから、俺たちは周りに付き合っているのではと邪推されているのだ。


「大げさだなー。 別に死んだわけじゃ無いんだから大丈夫だろう」

「冷たい奴だなー、まあ熱くらい誰でもあるしな!

 あ、それより昨日のプロ野球、見たか?」


 本当ならさっさと否定するべきなのだが、松浦的には俺と二人で会うための丁度いい口実になるからと俺たち適当にその辺を曖昧にしていた。

 友人は俺の素っ気無い反応に興味を失ったのか、彼の十八番であるプロ野球話を開始する。

 俺は友人の話に適当に耳を傾けながあら、口に出した言葉とは裏腹に内心では松浦のことを心配していた。











「お釣りは103円になります、ありがとうございました!!」


 そしてその日の放課後、俺は何故か松浦のバイト先でレジ打ちをしていた。

 松浦が普段着用しているらしいエプロンを見に付け、胸には「松浦(代理)」という名札をつけた俺は何処から見てもこの焼肉屋の店員である。

 数十人規模の客が入るそこそこの広さの店内には客が賑わっており、レジの方にまで肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。

 夕食をまだ食べていない俺は、湧き上がる食欲を我慢しながらレジを離れて厨房の方に戻っていく。


「おいー、代理。 7番テーブルにこれ持って行ってくれ」

「は、はい!!」


 厨房から注文の上カルビ3人前とわかスープをお客様のテーブルへ給仕する。

 俺は汁物をこぼさないように気をつけながら、慎重にお客様の下へ料理を運んでいった。


「代理くん! 4番テーブルを片付けちゃって!!」

「了解です!!」


 お客さんが去ったテーブルの食器を片付け、布巾で綺麗に拭いて次の客に備える。

 机を綺麗にした後、箸や皿を補充すれば準備は完了だ。


「おい、陽子ちゃんの代理とやら! ビールお代わり!!」

「た、ただいま!!」


 どうやら松浦と顔見知りらしい常連から注文を受け、厨房からビールを運ぶ。

 余り嗅ぎ慣れないアルコールの匂いに顔をしかめながら、俺は無事に大ジョッキのビールをテーブルまで持っていく。

 松浦のバイト先であるこの店は結構な人気店らしく、先ほどから客が引っ切り無しにやって来る。

 猫の手も何とやらと言う奴で、ほぼ素人の俺でも今は店にとって結構な戦力になっているようだ。

 俺は忙しく店内を駆け巡りながら、ふと、どうしてこんな所で働いているのかと言う当然の疑問が湧き上がっていた。

 何故、俺が松浦のアルバイトの代わりをしているのか説明するには、今日の放課後まで時間がを遡る必要があった。











 放課後、今日は部活も無く友達と遊ぶ約束もしていなかったので、たまには早く家に帰ろうと思い帰路に付いていた。

 通い慣れた道を愛車の自転車で、急ぐ用事も無いためのんびりと走っていた。

 そこに携帯から松浦の着信が入り、俺は一度自転車を停めてから電話を受けた。


「どうした、松浦? お前、寝て無くて大丈夫なのか、ちゃんと病院に行ったのかよ?」

「ゴホッ、ゴホッ! 病院になんて行ってないわよ、家に保険証なんて物は無いから…。

 と、とりあえず市販の風邪薬を飲んで寝込んでいるわ…」

「保険証が無いって…、ああ、お前の家の家庭事情なら仕方ないのか…」


 電話は通して聞こえてくる松浦の声は普段と比べて鼻声になっており、明らかに体調が悪そうな感じである。

 本当ならちゃんと医者に診て貰うべきなんだろうが、松浦の事情がそれを許さなかった。

 彼女の両親はとても保険料を払っている余裕が無いため、彼女の家には保険証が存在しない。

 保険証が無いと治療費は全額負担になるので、余裕が無い松浦にはその経済的ダメージに耐えて医者に向かうという選択肢を取れなかったのだろう。


「そんなことはどうでもいいのよ、今は学校が終わった頃よね。

 山下くん、この後何か外せない用事とかある?」

「いや、無いけど…」


 家に帰ってゲームでしようと考えていた俺に、とても外せない用事があるとは言えない。

 松浦の意図が解らないが、俺は正直に暇人であると応えた。


「だったらお願い! 今日、私の代わりにアルバイトに出てくれない!!

 私はこの仕事を絶対に外せないのよ!!」

「えぇぇぇぇっ!!」


 松浦の無茶な頼みに対して最初は勿論、俺は丁重にお断りをしたのだ。

 しかし、松浦は自分が病人であることを盾にして半ば泣き落としをしながら、俺にバイトを代わって欲しいと頼んでくる。

 最後の方は死にそうなほど激しい咳をしながら頼みこむ松浦に対して、最終的に折れることになってしまう。

 こうして俺は何故か松浦の代わりに、彼女のアルバイト先で働くことなるのだった。


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