5.
松浦の衝撃の告白を聞いた次の日、クラスの中では松浦が何時も通り女友達と楽しそうにお喋りをしていた。
この何処の高校にでもあるような風景が、松浦の必死の努力の上に成り立っていることを知った俺にとってそれは少し特別な物に感じさせられる。
何か微笑ましいもの見るような感覚で、俺は松浦の女子高校生としての生活振りを見守っていた。
「おい、山下。 どうした、さっきから女子の方をじっと見て。 はっはーん、さてはお前、気になる子が居るんじゃ…」
「ば、馬鹿!? 別にそんなんじゃ無いって」
自分としてはさり気なく松浦の様子を伺っていたつもりだったが、端から見たら彼女に熱視線を送っているように見えたらしい。
坊主頭の野球部の友人からからかわれた俺は、慌てて誤解だと弁解する。
もし此処で俺が松浦に気に掛けていることが気付かれ、こいつが彼女に変な興味を持ったらそこから松浦の秘密がばれる切欠になるかもしれない。
別に俺がそこまでする必要が無いかもしれないが、あんな話を聞かされたら松浦の高校生活が邪魔されないように気をつけようと思うのが人情というものだろう。
俺は松浦の秘密を守るため、学校では彼女に関わらないようにした方がいいと心に誓うのだった。
「ごめん、山下君! 約束通り今日は一緒にお昼にしましょう」
「えっ、ちょ…」
だが俺の決意は昼休み、松浦にまた無理やり何処かへと連れてかれたことで台無しになってしまった。
昨日のように腕を捕まれた俺は、また彼女に連れられて行ってしまうのだった。
「一体何なんだよ、松浦!?
またこんな人気の無い所に連れてきて…、また何か話があるのか?」
「別に話なんて無いわよ。
言ったでしょう、私はあなたと一緒に昼食を取ろうと思っただけなんだから」
昨日に引き続き、校舎裏の人気が無い場所まで連れて来られた俺は松浦に真意を問いただす。
だが彼女はただ俺と昼食を取りたかったと言いながら、校舎裏の中でも幾分かマシな場所と言える倉庫付近に移動する。
そして、松浦は可愛らしいトートバックから、今日の彼女の昼食を取り出した。
「…え、それが昼食なのか?」
俺は松浦が取り出した昼食を見て、思わず目を疑った。
何故なら彼女が用意した食事は、どうみてもパンの耳にしか見えない物だったのだ。
袋詰めされたビニール袋の中にはパンの耳が詰まっており、松浦は袋の口を開けてパンの耳を手に取る。
「…そうよ、今月は色々と入用だったから食費を節約しようと思ってね。
暫くはパン屋で貰ったパンの耳で昼をしのぐつもりなのよ」
「体張ってるなー、お前…」
倉庫の土台となっているアスファルトの地面の上にハンカチを敷いて座り、松浦は味気の無さそうなパンの耳をもくもくと食べ始める。
よくテレビで貧乏家族がパンの耳で節約する話を聞いたことが有るが、まさか同級生がそれをするとは思いもしなかったな…。
「まあパンの耳はいいとして、何でお前は俺を連れてこんな所で食事をしているんだよ」
「パンの耳を昼食にする女子高生なんて居る訳無いでしょう、こんな姿を友達に見せるわけにはいかなかったのよ。
けど普段は一緒に昼食を取っているのに、今日に限って一人で食事をするのもおかしいし…」
「ああ、それで今日は俺と約束があるってことにしたのか…」
確かに松浦は俺を連れ出す時、約束がどうとかと言っていた。
友人たちには俺との約束があるから、今日は一緒に食事を取れないと言い訳をしたのだろう。
とりあえず納得した俺は松浦の隣に座り、今日の昼食として家から持ってきた弁当を取り出した。
「俺は秘密は守るとは約束したけど、こういう協力をするとまでは言ってないぞ」
「いいじゃない、この位は手伝ってくれても。 あ、その唐揚げ美味しそうね、一つ頂戴」
「おい、勝手に取るなよな!? それは最後に取っておこうと思ったのに…」
「おかず交換って奴よ。 ほら、私のパンの耳をあげるから…」
「そんな物、居るかー!?」
食事中、目敏く俺の弁当の今日のメインである唐揚げに目を付けた松浦が、ひょいと手を伸ばして俺の唐揚げを取ってしまったのだ。
不満を言う俺に松浦は交換と言い張り、代わりに大量にパンの耳をおすそ分けされてしまう。
唐揚げとパンの耳という有りえないレートの取引を無理やり成立させられてしまった俺は、恨めしそうに手に入れたパンの耳を睨みつける。
その横で松浦は、美味しそうに家の特製から揚げを頬張るのだった。
「安心して、余裕が出来たらこのお礼はちゃんとするから。
けど今日は勘弁して、私は今の内に栄養取っておかないとまずいのよ。
この後で二つのバイトを梯子しているから、エネルギーを蓄えておかないと… 」
「バイトが二つ掛け持ちって…、よく考えてみたらこの学校は基本的にバイト禁止だろう?
お前、ちゃんと許可は…」
「そんな物を取っているわけ無いでしょう。
学校にバイトの理由をどう説明すればいいのよ、借金返済のためにって言わせるつもり?」
「まあそれもそうだけど…」
聞いた話によると学校にバイト許可の申請をする場合、色々と面倒な手続きを踏まないといけないらしい。
しかも、松浦の言うとおり、バイトを行う理由なんかも明確にしないと許可は下りない筈だ。
バイトの理由を話すことになれば必然的に、松浦が秘密にしている彼女の家の事情についても話さなければならない。
自分の秘密を守るためにクラスメイトを殺そうとまでした松浦が、自分からそのようなことをする筈も無い。
「ちゃんと学校から離れたバイト先を選んでいるから、バレる心配はまず無いわよ。
それに学校に無許可でバイトしてるのは私だけでも無いでしょう」
確かに七面倒臭い許可申請が面倒で、無許可でアルバイトしているクラスメイトは他にも入る。
しかし、単に遊ぶ金欲しさにアルバイトをしている他の連中と、今の松浦の現状を一概に同じ扱いにはできないだろう。
「他の連中はお前のようにバイトを掛け持ちしている訳じゃ無いんだろう? お前、幾つバイトを掛け持ちしているんだよ…」
「そんなに多くないわよ、今は4つくらいかしら」
松浦曰く、短期のアルバイトなどもよく使うので、掛け持ちしている職の数は常に変動しているとのことである。
友人と遊ぶ時間を確保するために限界までは詰めてないと言うが、それでも松浦が毎日休み無しでアルバイトに明け暮れていることには違いない。
「お前、そんな生活をしてたら体壊すぞ…」
「私はバリバリ稼がないといけないのよ。
来月の返済額と生活費、そして智香ちゃんと一緒に夏物の洋服を買う費用を貯めないといけないからね!!」
「返済額と生活費だけにしておけよ、そこは…」
松浦は生活費だけでなく、女子高生活を満喫するためのお金も自分で稼ぐ必要があるため、必然的に稼がなければならない金額は増えてくる。
しかし、中学時代の極貧生活の影響かどちらかと言えば細身の体をしている松浦に、休み無しに複数の複数のアルバイトをこなし続けるのは無茶なことのように思えた。
今は気合でどうにかなっているようだが、疲労と言う物は知らない間に蓄積されてしまうものだ。
加えて今日の様子を見る限りでは、松浦は節約のために食費を切り詰めているようである。
まともな食事を取らずに重労働を続けるのは無茶で有り、今のままでは何時か体を壊してしまうだろう。
「大丈夫よ! 夢の女子高校生ライフを満喫するためには、私は何でもやるんだから!!」
しかし、幾ら俺が注意しても松浦は言うことを聞かず、彼女はこの後もバイトも掛け持ちを続けていった。
今から一ヵ月後に、松浦が倒れてしまうまで…。