20.
松浦父の収容所に戻ってから、一週間ほどの時が経った。
そんなある日の放課後、掃除当番を終えて教室から出ようとしていた俺に、教室に入ってきた島崎が声を掛けてきた。
茶髪に染めた上にカールをかけた少し長めの髪を揺らしながら、松浦より少し小柄な少女はそのまま俺に近付いてくる。
「あ、山下ー、陽子ちゃん来てる?」
「ん、松浦ならもう帰ったんじゃ無いのか?」
教室には今日の掃除当番だった俺と他数名の生徒しかおらず、他の連中は既に帰宅か若しくは部活の方に行っている筈だ。
高校一年の一学期めから幽霊部員と化している松浦が勿論部活に行くわけないので、あいつも既に帰っていると思うのだが…。
「教室で待ち合わせしているのよ、私たち。
今日は放課後に少し部活の方に顔を出さないといけなかったら、陽子ちゃんは私の用事が終わるまで此処で待っている筈だったんだけど…」
「ああ、そういうこと…」
俺が記憶する限り、俺たち掃除当番が掃除を始まる時は既に松浦の姿は無かった。
あいつが島崎との約束を破るわけも無いし、大方松浦の方も何か用事があって席を外したのだろう。
「ま、いいか。 ちょっと待たせて貰うわよ」
「へいへい…」
島崎と話している間に他の掃除当番は既に教室を出ており、部屋の中には俺と彼女しか残っていなかった。
俺は教室の自分の机の上に座り込んだ島崎を視界から外し、教室から出ようとした所で足を止めた。
「ん、どうしたの? 何か忘れ物?」
「…なあ、島崎? お前が松浦と始めて会った時、あいつはどんな感じだったんだ?」
「はぁ、何よ、いきなり?」
「いや、ちょっと気になってな…」
突然何の脈絡も無い質問をした俺に対して、島崎が訝しげな表情を返した。
俺自身も自分の発言に驚いていた、何故俺はこいつに松浦のことを聞こうとしているのだろうか。
少し考えた後、俺は島崎に言ったとおり、これ明確な理由の無い単なる興味本位の質問であると結論付けた。
あいつが…、松浦が限定条件とは言え昔から夢見ていた女子高生活とやらを始めた時、どんな表情をしていたのか少し気になったのだ。
俺があいつの関わり出したのは高校に入ってから暫く経ってからなので、入学当初のあいつの様子なんて何の記憶もしていない。
気がついたら教室で島崎と楽しそうに話している風景が、俺の知る松浦の最初の姿になるだろう。
だから俺は、恐らく松浦と初めてまともな友達になった島崎の話を聞きたいと思ったのだ。
「陽子ちゃんと初め初めて会った時ね…。 私は陽子ちゃんの隣の席でさ…」
よほど俺の発言が突拍子の無いものだったのか、島崎は唖然とした表情で暫く固まっていた。
しかし、島崎はその後で何やら意味ありげな笑みを浮かべながら、松浦の話を始めたのだ。
恐らく島崎は色々と勘違いをしているだろうが、松浦の話が気になった俺は特に訂正する事無く耳を傾けた。
「あの子と最初にまともに話したのは入学してから三日後くらいかなー。
最初はこっちの方をチラチラ見るくせに、全然話しかけてこない変な子だとしか思わなかったわね」
「あいつ…」
初めの席配置で松浦は運が悪いことに、島崎を除いて周りを男子に固められた配置だったらしい。
中学まで友達0だったあいつが、いきなり男子に話しかけるのはハードルが高かったのだろう。
必然的に残った島崎にターゲットを絞ったものの、松浦がこいつに話しかける勇気が出るまで三日掛かったようだ。
「それであの子が最初に私に話した言葉が傑作でさー、今でもはっきり覚えているわ」
「…なんて言ったんだよ、あいつ?」
「私と友達になってくだちゃいって! 緊張して言葉が詰まったのよ、あの子!!」
「うわっ…、松浦…」
「多分陽子ちゃんって所謂、高校デビューって奴だったのね。
オシャレと色々と勉強をしてきたみたいだけど、初めの頃は何処かぎこちない感じで…」
松浦は中学時代の自分を捨てるための努力は、所詮付け焼刃だったらしく本物の今時女子高生の島崎の目は誤魔化せなかったらしい。
俺が心の中で松浦の同情をしている間にも、島崎は楽しそうに松浦の話を続けていた。
「まあ、悪い子じゃ無さそうだったから、一緒に遊ぶようになってねー
私たち、すぐに仲良くなったわよ」
「そいつはよかった…」
過程はどうであれ、松浦は島崎と上手いことやっているようだ。
松浦が苦労しながら維持している女子高校生ライフが順調に行っていることに、俺はまで嬉しくなってしまう。
「あ、そういえば結局、この前のメールは何だったの?
何か山下が変なおっさんと一緒に、あの店に居たみたいだけど…」
「げっ!? それは…」
そういえば島崎には先日、松浦父に松浦の様子を見せるために協力して貰っていた。
そして、詳しい事情を話すわけにはいかなかったとは関係で、俺はあの時に松浦の行き先を知りたい理由を言わなかったのだ。
島崎はよくあの日に、何も聞かずに松浦とこれから向かう店の場所を教えてくれた物である。
恐らく島崎は後で俺からのフォローがあると思ったのだろう、しかし俺は特に島崎に説明責任を果たさずに有ろうことかその事を忘れていた。
「あ、あれは色々と事情が…」
「ふーん、まあいいわ…。 よく解らないけど、陽子ちゃんが元に戻ったんだし…」
協力してくれた島崎には、あのメールの意味について聞く権利が有るだろう。
しかし、あの日に松浦が訪れる店の場所を教えて貰った理由を話したら、必然的に松浦の秘密に触れてしまう。
かと言って、折角協力してくれた島崎に対して嘘で誤魔化すのも、俺の良心が咎める。
俺は困り果ててしどろもどろになってしまい、その焦りぶりを島崎は暫く不思議そうな顔で眺めていた。
やがて島崎は松浦が元気になってくれれば事情はどうでもいいと、俺に助け舟を出してくれるのだった。
「…うわっ、陽子ちゃん、待ち合わせの場所を間違えている!?
おっちょこちょいだなー、あの子…」
「意外に抜けているんだよ、あいつは…」
俺との話が一段落した所でカバンから携帯を取りだした島崎は、そこに松浦かの連絡が入っていることに気付く。
どうやら松浦は待ち合わせの場所を待ちがえたようで、既に学校には居ないらしい。
「それじゃあ、私は陽子ちゃんの所に行くけど…。
…山下も一緒に行く?」
「…いや、遠慮しておくよ。 島崎、これからも松浦と仲良くしてやってくれよ」
「はははっ、何それ、面白い! 山下、あんた、陽子ちゃんのお父さんみたいよ」
「俺が松浦の父親か、それはいい!!」
俺の発言が余ほどつぼに嵌ったのか、島崎は大爆笑しながら教室を後にした。
島崎が去った所で教室には、俺以外に誰も居なくなった。
俺たちが毎日何気なく過ごしているこの教室に居るために、日夜苦労している少女の存在を俺は知っている。
そいつにはこれまで色々と無茶な頼みごとをされたが、俺はどうやらその少女の事を嫌いでは無いらしい。
「一緒に卒業できればいいな、松浦…」
俺は暫く教室の自分の椅子に座りながら、松浦が島崎と楽しそうに高校生活を送る姿を想像するのだった。
とりあえず書き溜め分はこれで終了なので、一度完結にしておきます。
一応、続きの展開は考えているので、気が向いたら続きを書くかもしれません…。
拙い話でしたが、お付き合いありがとうございました。
では。




